リクエスト 〜魔の食欲上忍シリーズ20〜 byつう







 おかしいな。
 床の中で、イルカは思った。
 ごはんは丼三杯食べたし、味噌汁も四回おかわりした。大皿に盛り付けたいかそうめんは七割がた、この男の腹に納まったはずだ。ほかに、里芋のにっころがしや、漬物なども。
 足りなかったはずはないのだが、どうしてこんなに機嫌が悪いのだろう。
 敷布に顔を押しつけられた状態が、ずいぶん続いていた。腰を執拗に責められて、下肢ががくがくと震える。何度も頂点の間際まで行きながら、カカシはなかなか解放してくれなかった。
 これじゃ、いつぞやの「フルコース」みたいじゃないか。
 イルカは半ば痺れた頭で、ぼんやりと考えた。
 冗談じゃない。これが原因で欠勤して、有給が削られていくのはもうご免だ。
「……カカシ先生」
「なんですか?」
 余裕の声。悔しい。こっちはもう、ぎりぎりなのに。
「いい加減に……してください」
 恥を忍んで、言う。
「だめです」
 動きを止めることなく、カカシは耳元で囁いた。
「いい加減になんか、しませんよ。イルカ先生が俺のことを忘れないように、ちゃんと、しっかり、してあげます」
 忘れないように、だって? イルカは唇を噛み締めた。
 こんなことをしなくても、忘れないぞ。忘れたいのは、やまやまだが。
「俺はいつだって、あなたのことを考えているのに」
 拗ねたような口調。いったい、どうしたんだ。おれが、なにをした?
 理由がわからない。たしかに食事中、めずらしく口数が少ないとは思っていたが。
「……っ!」
 いきなり片脚を担がれた。乱暴に体を返される。間近に、ふた色の瞳があった。
「あなたは俺のことなんか、どうでもいいんでしょ」
「そんな……こと……」
 圧迫感に耐えながら、なんとか言葉を繋ごうとした。そのとき。
「俺は、ウナギが食べたかったのに」
「え……?」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 ウナギ?
 なんの話だ。いまの、この状況とウナギと、どんな関係があるんだろう。
「……やっぱり、忘れてる」
 腰を掴む手に力が入る。さらに激しく揺らされて、イルカは頭を振った。
「思い出すまで、許しません」
 なんだか、ムキになっているらしい。
 イルカは、必死に記憶を辿った。こんなわけのわからないことで、責められるのは嫌だ。
 カカシの機嫌が悪くなったのは、いつからだろう。食事のあと? いや、その前から、いくぶんむっつりとしていたような……。
 そういえば、カカシは今日、「おかずはなんですか?」といういつもの台詞を言わなかった。ただ、「おなかがすきましたー」と言っただけで。
 献立を知っていたのだろうか。そんなはずはないが。
「あ……」
 途端に、イルカは思い出した。
 前回、カカシが来たときのことを。
『じゃあ一度、ウナギの蒲焼きを作りますよ』
 軽い気持ちで、そう言ったのだ。例によって、ドジョウやウナギを生のまま食べたというカカシの任務話を聞いたあとで。
 天然ものは高いが、養殖のウナギなら中忍の薄給でも十分買える。たとえカカシが三人前食べるとしても。
『蒲焼きですかー。おいしそうですねえ』
 あれはたしか、四日前のこと。
 カカシはそれを楽しみにしていたのだ。「次は」とか、「今度」などとはひと言も言わなかったのに。
 しかし、そんなにウナギが食べたかったのなら、卓袱台におかずを並べたときに言ってほしかった。こんな目に遭うぐらいなら、二度手間になってもメニューを変更した方がまだましだ。
「……わかりました」
 息苦しさに喘ぎつつ、イルカは言った。
「今度……作りますから……」
 ぱっと、カカシの表情が明るくなった。動きをゆるめて、イルカの首筋に唇を近づける。
「やーっと、思い出してくれたんですね」
 首の付け根に、噛みつくような口付け。思わず、声が漏れた。全身が震えて、その場所が燃えるように熱くなる。
「うれしいです」
 うっとりと、カカシは言った。
「もう、忘れないでくださいね」
 ええ。忘れませんよ。忘れようったって、忘れられるものですか。……こんなことまでされて。
 自分がどうなっているかなんて、考えたくもない。何度か、確認するかのような動きがあって、そして……。
 やっと、カカシは最後の段階に進んだ。その動きに体中が反応する。すっかり馴染み、無意識のうちに応える体。自分ではどうすることもできないそれを、イルカはカカシに委ねた。






 翌日。
 うみのイルカは通常の受付業務をまっとうし、帰途、商店街で白焼きのウナギを四尾購入した。蒲焼きを作る、と約したからには、つけだれを自分で作って、炭火で焼かねばならない。
 小型のバーベキューコンロを買って帰宅すると、銀髪の上忍が一升瓶を手に待っていた。
「酒は、なしですよ」
 これだけは譲れない。そう思って重々しく言い渡す。
「わかってますよー。これは、イルカ先生へのプレゼントです」
 ひょいと差し出し、
「だって、二日続けてイルカ先生んちに泊まれるなんて〜」
 目が、すっかりハートマークになっている。
 ………今日も、泊まる気なのか?????



 嫌なことは早く済まそうなどと、思わなければよかった。
 ほくほく顔の上忍に肩を抱かれながら、黒髪の中忍はあらためて、自分の甘さを痛感していた。
 


 (THE END)


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