白葱は招くよ〜魔の食欲上忍シリーズ26〜 BY つう 白ネギ六本百円。 一瞬、売れ残りなのかと思ったが、まだ新しいし、白い部分も太くてしっかりしている。これは買いだな。大根も、少し小さいが七十円なら安い。さっき、卵も十個八十九円で買った。今日はなかなかラッキーだ。 頭の中で哀しいほどに所帯じみたことを考えながら、うみのイルカは夕飯の買い物を続けた。任務日程や前回からのインターバルを考えると、今日、カカシがやってくる確率が高い。 はたけカカシ。写輪眼を持つ、里一番の遣い手である。 なんの因果か、あの男に食事(と自分自身)を供するようになって、もうずいぶんたつ。カカシはこのごろメニューに注文をつけるようになってきて、作る方としてはなにかとたいへんだ。 「味噌汁は、ワカメが入ってないとイヤです〜」 買い置きがないときに限って、そういうことを言う。かと思えば、次に来たときにはそんなことはすっかり忘れていて、「大根の味噌汁って、おいしいですねえ」とか言っているのだが。 とりあえず、缶詰めや乾物ものや、すぐに使えるレトルトパックの食材などを常備して、急な場合に使えるようにしている。まったく、すでにベテラン主婦の境地だ。 鳥肉を買って、すき焼きでもするか。ひとりのときは鍋ものやすき焼きを作る気にはなれないから。 イルカは、すっかり馴染みになった鳥肉屋へと向かった。 遅いな。 すっかり準備の整った卓袱台の前で、イルカはため息をついた。もしかして、今日は来ないのかな。 鳥肉は一キロ買ったし、野菜や豆腐も四人前はある。まあ、このまま冷蔵庫に入れておけば、あしたでも大丈夫だとは思うが。 そろそろ、片付けるか。そう思って鳥肉の皿を仕舞ったとき。 「こんばんは〜」 なにやら、情けなさそうな声が聞こえた。 「イルカせんせー」 ドアを叩く音。イルカはあわてて、扉を開けた。 「ただいま戻りました〜」 倒れ込むようにして、銀髪の上忍が抱きついてきた。 「かっ……カカシ先生、どうしたんですかっ」 今日の任務は、七班を引率してのC級任務だったはずだ。それなのに、なぜこんなにぼろぼろになってるんだ。まさか、いつぞやのように途中から余所の忍が出てきたんじゃ……。 「のどが痛いです〜」 しゃがれた声で、カカシは言った。 「はあ?」 「今日、依頼人かばって滝壺に落ちちゃったんですよ。でも、服を乾かしてる時間もなくて」 そう言えば、忍服が湿っぽい。この寒空に、いままで濡れた服を着てたのか。 「……あんた、そりゃ風邪のひとつもひきますよ」 阿呆か、と罵倒したくなったが、なんとかそれを意志の力で抑え込む。うっかりしたことを言うと、あとがたいへんだ。 「とにかく、風呂に入って着替えてください」 じつは、箪笥の中には、すでに「カカシコーナー」がある。長期任務のとき以外、三日と空けずにやってきては晩飯を食い、泊まっていくのだ。いちいち着替えを持ってくるのも目立つので、いつのまにかこうなった。 カカシが風呂に入っているあいだに、夕食の用意をする。すき焼きは今度にしよう。肉は冷凍しておけばいい。今日は消化にいいものを作ろう。 イルカは手早く、白ネギをきざみはじめた。 「なんですか? この匂い……」 バスタオルで髪をふきつつ、カカシが台所にやってきた。 「ネギですよ。雑炊に入れようと思って」 「えーっ、俺、ネギって苦手です」 「いつも食べてるじゃないですか」 なかば呆れて、イルカは言った。 「味噌汁とか雑煮とかにも入れましたし、煮魚の付け合わせにも……」 「ええーっ! あれ、ネギだったんですか?」 いまさらなにを言っている。「おいしいですねえ」とほくほく顔で食べてたくせに。 「だって、あれ、おいしかったですよー。とてもネギとは思えないぐらい」 「あんた、ネギってどんなもんだと思ってたんですか」 なんとなく想像はできるが、一応、訊いてみる。 「からくて、鼻につーんときて、はっぱのあいだに土がはさまってて……」 やっぱり。 前線任務のときに、カエルや野ウサギを生で食べたという話は何度も聞いたが、野菜もそうだったらしい。きっと、余所の畑から盗んで、そのままかじってたんだろうな。まだ十にもならない子供が。 じん、と胸の奥が痛んだ。忍だから仕方がない。だが、この男には忍である以外に生きる道はなかった。ふつうの暮らしなど、かけらも知らずにいままで生きてきたのだろう。 「ネギは、火を通すと甘くなるんですよ。香りもやわらかくなりますし」 イルカは説明した。昔、母が自分に語ってくれたように。 「それに、風邪をひいているときは、ネギやショウガを食べると早く治るんです。今夜はネギ入りの味噌雑炊とショウガ湯をを作りますね」 「わあ、あったまりそうですねえ」 心底うれしそうに、カカシは笑った。 「いまネギを切ってますから。もう少し、待っててください」 「はーいっ。待ってまーす」 うきうきと、卓袱台の前にすわる。 「ネーギ、ネギネギ〜」 楽しげに、体を揺らしながら歌っている。まるっきり、子供だな。いつものことだが、なんとも可笑しい。 少し濃いめの味噌汁に、ごはんを入れる。それにたっぷりネギを加え、弱火で三分。さらに溶き卵を流し入れて、一分。 白ネギの味噌雑炊が出来上がった。 『これを食べれば、あしたには治ってるよ』 昔、イルカが風邪をひくと、いつも母がこの雑炊を作ってくれた。そして、特製のショウガ湯も。 ふつう、ショウガ湯というと、ショウガをすりおろしたものにはちみつや砂糖を加えて熱湯を注ぐのだが、うみの家のショウガ湯は一味違った。ショウガとはちみつに、大根おろしの汁を加えるのだ。 はっきり言って、おせじにも美味しいシロモノではなかったが、のどが痛いときには効果てきめんで、大抵翌日には快癒していた。 「お待たせしました」 土鍋と椀を卓袱台に置く。ショウガ湯を入れた湯呑みも。 「熱いですから、少しずつ召し上がってくださいね」 「はーいっ。いただきまーす」 真剣な面持ちで、土鍋に向かう。 きっとあしたには、のどの痛みも治まっているはず……いや、この男なら、食べ終わったらもうすっかり元気になっているかもしれない。 過去のあれこれを思い出す。センブリを飲んだときのことや、高熱を出してふらふらになっていたときのことなどを。 ……まあ、それでもいいか。 あきらめとも悟りとも違う、いわく言いがたい感情をいだきながら、イルカは目の前の男を見遣った。 たくさん、食べてください。 これがネギの味。卵の味。ひとつひとつを、ゆっくりと味わって。 (THE END) |