誰がために鍋はある〜魔の食欲上忍シリーズ23〜 BY つう 木枯らしの季節である。 といっても、まだ冬という感じではない。色づいた木々の葉がちらほらと舞って、足元を走り抜けていく季節。 不思議なもので、かさかさという落ち葉の音を聞くと、鍋料理が食べたくなる。 イルカの母親は、「栗から桜までは鍋の季節よねえ」と言っては、しょっちゅう鍋料理を作っていた。いまから思えば、材料を切るだけで手間がかからないのと、少し古くなった野菜や残りものの肉などを処分できるからだったのかもしれないが、とにかく、最高気温が摂氏二十度を下回ると、うみの家では週に三日は鍋料理だった。 湯気の向こうに見える顔。いまはもういない、懐かしい人たち。 いけないいけない。商店街の真ん中でトリップしてたら、変に思われていまう。イルカはふたたび歩き始めた。 今夜はなににしようか。さすがにひとりで鍋を食べる気はしない。弁当でも買って帰るかな。そんなことを考えていると、 「イルカ先生ってばよっ」 声とともに、背中にだれかが飛びついてきた。 「おっ……おまえなあ」 振り向きざま、拳骨を落とす。 「いきなり、なんだ! ここは演習場じゃないんだぞ」 「ってーっ」 ナルトは頭をさすりながら、 「だーって、イルカ先生、いっくら呼んでも気がつかないみたいだったから……」 涙目で、言う。イルカは手を降ろした。 そうか。昔のことを思い出していたから……。 「……悪かった。ちょっと、考え事をしててな」 「うん。べつに、いいってばよ」 照れたように笑って、ナルトはイルカとともに歩き出した。 「先生、いま帰りだろ。ラーメンおごってくれよー。おれ、今日の任務、がんばったんだぜー」 七班の任務は、たしか庄屋の護衛だったはず。久しぶりのC級任務だ。それにしても、護衛は日没までのはずだが。それを言うと、ナルトはいかにも自慢げに、 「だったんだけどさー。おれが、庄屋を脅してたヤクザもんをコテンパンにのしちゃったもんだから、もう帰っていいって」 それは、もしかしてやりすぎたのではなかろうか。くわしい事情はわからないが。 まあ、明日にでも報告書が提出されるだろう。事と次第によっては、報酬を返還しなくてはいけないかもしれない。 心の中でため息をつく。一生懸命なのはわかるが、このところ、どうもそれが空回りしているようだ。イルカはふとあることを思いついた。 「ラーメンもいいけどな。いつもそればかりじゃ、栄養が偏るぞ。たまには鍋でも食べないか」 「鍋?」 「ああ。材料を買って帰れば、すぐにできる」 「えーっ、先生が作ってくれんのかよ」 うきうきとした顔で、ナルトが言った。 よく似てるな。思わず苦笑する。こんなときの顔は、あの男と同じだ。 『うわあ、おいしそうですねえ』 ふた色の目を細めて、しあわせそうに笑う銀髪の上忍と。 きっと、心の基盤が同じなのだろう。あの男も孤独の中でずっと暮らしてきたから。 「あ、でも、おれ、野菜は苦手だってば」 「わがまま言うな。これからは白い野菜がおいしいんだぞ」 白菜や大根やかぶらや白ネギ。どれも鍋の材料としては最適だ。 「せっかくだから、サスケやサクラにも声かけてみるか。みんな、もう里に戻っているんだろ?」 「うんっ。おれ、行ってくる!」 そう言って、ナルトが駆け出そうとしたとき。 「だーめだよ」 目の前に、長身の人影が現れた。 「イルカ先生はねー、これからお仕事」 カカシが人差指を立てて言った。 「えーっ、仕事って、なんだよ」 「それはヒ・ミ・ツ。下忍には関係ないことだーよ」 藍色の隻眼を細めて、カカシはイルカに目配せした。 「というわけで、よろしいですか、イルカ先生」 いつになく仰々しい口調。イルカは黙って、頷くしかなかった。 ナルトの姿が見えなくなったあと。 「それで、カカシ先生。仕事って……」 小声で、訊く。なにかアカデミーか火影屋敷で急を要することでも起こったのだろうか。 「鍋です」 ぼそり、とカカシ。 「はあ?」 「鍋料理。作ってくれるんでしょ」 「え、あの、それは……」 理解できない。「仕事」と鍋と、なんの関係があるんだ? 「できないんですか?」 固い声。ぞくりとした。これは、まずい。いったいどうしたのだろう。なにが、この男をこれほどまでに怒らせたのか。 今夜、なにか約束をしていただろうか。いや、それはない。一昨日の晩、急にやってきたときも、それなりにちゃんと夕飯を用意したし、そのあとも……。とりあえず、満足して帰っていったはずだ。それなのに、なぜ。 「ナルトには作れて、俺には作れないんですか」 それか。 イルカは合点した。まったく、この男は。 答えは単純だ。嫉妬。それも、子供が自分の弟や妹に対してするような。 「いいえ」 穏やかに、イルカは言った。理由がわかれば、他愛もないこと。 「作りますよ、もちろん。具はなにがいいですか」 瞬時に表情が変わる。本当に、驚くほどに。 「なんでもいいですっ。イルカ先生が作ってくれるなら、なんでも!」 「じゃあ、買い物に行きましょうね」 「はーいっ」 先刻のナルトと同じ顔。うきうきとした、楽しそうな。 「これからは、白い野菜がおいしいんですよねっ」 そんなところから聞いていたのか。なかばあきれつつも、 「そうですよ。ああ、今日は大根が安いですねえ」 八百屋の前で立ち止まる。 「大根おろしを入れて、みぞれ鍋にしましょうか」 「へえ、おいしそうですねえ。俺、大根おろすの、手伝いまーす」 「……お願いします」 いつぞやのように、指まですりおろさなければいいが。 一抹の不安をいだきつつも、イルカはカカシに笑みを返した。 湯気の向こうに、しあわせそうな顔。 懐かしい人はもういないけど。 それでも、あんたが笑っているから。だから……。 ひとりじゃないから、それもいい。 (THE END) |