おおつごもり〜大晦日〜魔の食欲上忍シリーズ24〜  BY つう








 師走の三十一日。うみのイルカは、以前カカシにもらった鶴丸印の鍋を総動員しておせち料理を作っていた。
 いつもなら商店街で出来合いのものを買うのだが、今年はそうはいかない。なぜなら、カカシが里にいるから。
 銀髪の上忍。「コピー忍者」のはたけカカシ。
 イルカの作る食事とイルカ自身に異常なまでに執着しているあの男は、長期任務のとき以外は三日と空けずにイルカの家に通ってくる。
「イルカ先生のごはんはおいしいですねえ」
 にこにこと笑いながら軽く三人前の量をたいらげ、
「おなかもいっぱいになったことですし、寝ましょうか」
 と、イルカを褥に誘う。そんな関係が、もうずいぶん続いていた。
 きっかけを作ったのは自分なので、いまさらそれを拒む気はないが、さすがに正月に泊まりに来ると言われたときは腰が引けた。
「正月休みなんて、俺、久しぶりなんですよー」
 一週間ばかり前。昼休みの事務局で、やたらとうれしそうにカカシは言った。
 原則として忍には、盆も正月もない。が、今年は差し迫った仕事もなく、里のほとんどの者がまっとうな休みを取ることができた。
「休みのあいだ、イルカ先生んちに泊まりに行ってもいいですか?」
 期待をこめたまなざし。
 正直、断りたかった。三食作らなくてはいけないし、うっかりするとあっちの方も連チャンだ。いくらなんでも、そんな「寝正月」は遠慮したい。が、全面的に拒否するわけにもいかない。
 どのあたりで折り合いをつけるか。イルカは脳細胞をフルに働かせて、計算した。
「いいですけど、大掃除とか、正月の用意もあるんで……」
「用意って……ああ、あれですか」
 なにやら勝手に納得して、カカシは頷いた。
「そんなの、俺がやりますよー。新しい蒲団と夜着と枕と……」
 ……なにを考えているんだ。この男は。イルカは脱力した。
 こんなところで、花街の慣例を思い出さなくていい。そういうことは春風楼でやってくれ。
 頭の中でひとしきり叫んだあと、なんとか心を落ち着かせる。
「カカシ先生。ここは事務局です」
 いわゆる「姫始め」の支度について述べているカカシをやんわりと制し、イルカは語を繋いだ。
「おれが言ってるのは、門松とか注連縄とかおせち料理のことですよ。お供えの鏡餅も作らなきゃいけませんし」
 休みを全部、この男に奪われるのは嫌だ。せめて半分は自由に使いたい。
 こうして、かろうじて休暇の前半は確保し、イルカは正月の準備をした。餅つきや大掃除などはきのうまでに終わり、今日はおせち料理の仕上げである。棒鱈や昆布巻きや黒豆といった煮物はすでにできている。最終日は、なますやキンピラや焼きものを作るつもりだった。
「ええと、こっちはもう一回火を入れて、と」
 煮染めの鍋を火にかける。紅白なますは冷蔵庫に仕舞い、キンピラ用のごぼうのささがきを作っているところに、玄関から聞き慣れた声がした。
「イルカせんせい〜」
 ずいぶん早いな。
 首を傾げつつ、戸口に向かう。今夜、年越しそばを一緒に食べる約束はしていたが。
「こんにちはー。うわあ、すごいごちそうですねえ」
 米の袋を抱えたカカシが、板の間に上がってきた。
「なんか、いつものごはんより量も品数も多いですね」
「おせち料理は、三の重までありますから。これでも少ない方なんですよ」
 さすがに、プロのようにいろいろ作れるわけではない。とはいえ、ふだんの食事にくらべれば、かなりバラエティーに富んでいる。カカシはめずらしそうに、鍋の中を覗き込んだ。
「あー、いまからキンピラ作るんですか? 俺、胡麻がたくさん入ってるのがいいです」
 ごぼうのささがきを見て、言う。
「わかりました。多めに入れます」
 このごろ、カカシは味付けの注文をするようになった。もちろん、イルカが作ったものなら、なんでもおいしそうに食べるのは変わらない。
「キーンピラ、キンピラ〜」
 うきうきと鼻唄まで歌っている。やはり、この男の精神年齢は五歳児並みだ。
「ところで、カカシ先生」
 イルカは先刻から気になっていた疑問を口にした。
「その米、どうしたんですか」
 有名な銘柄米。イルカがいつも買っているものの倍以上はする最高級品だ。
「ああ、これ。ここへ来る途中で、もらったんですよ」
「もらった?」
「商店街で、福引きをやってまして。酒屋のおやじに、やってみろって言われたんで一回だけ回したら、当たりました」
「……よかったですね」
 こっちは五回やって、全部ごみ袋だったというのに。なんとなく、むなしい。
 とことん庶民なことを考えていると、カカシはおもむろにそれを米櫃の中に空けた。
「なにするんですかっ!」
 突然のことに、驚いて声を上げる。カカシはきょとんとして、
「え、だって、イルカ先生にあげようと思って」
 それはわかる。わかるが、それなら袋のまま床にでも置いてほしかった。米櫃には、まだ三分の一ばかり古い米が残っていた。当然ながら、いつも買うブレンド米だ。
 どうせなら、最高級品を単品で賞味したかった。米櫃を見下ろしつつ、嘆息する。
「あの……怒りました?」
 藍色の隻眼が、心配そうにこちらを窺っている。
「……怒ってませんよ」
 ちょっと、がっかりしただけで。いや、だいぶがっかりしたが、混ざってしまったものは仕方ない。まあ、最高級の銘柄米がブレンドされたのだ。それでよしとしよう。
「ありがとうございます。あとで、米を買いに行こうかと思っていたんで、ちょうどよかったですよ」
 笑顔を作って、言う。カカシの表情が、ぱっと変わった。
「そうですかー。タイミングばっちりでしたねえ。これも愛の力かも」
 途端に饒舌になる。
 本当に、子供のようだ。おれみたいな一介の中忍相手に一喜一憂して。だからつい、応えようと思ってしまう。あんたの笑う顔が見たいから。
「ごはんが炊けるまで、そのへんにあるものをつまんでてください。年越しそばは、除夜の鐘が鳴りはじめてから作りますね」
「はーい。待ってます〜」
 卓袱台の前にすわって、うれしそうにカカシは言った。



 夕飯のあと。イルカは重箱の中に、おせち料理を一品一品並べていった。カカシにそれぞれの料理の謂れを説明しながら。
 来年はたぶん、「れんこんは、先がよく見えるように、っていう意味ですよね」などと言いつつ、箸を運ぶのだろう。彼岸のぼた餅とおはぎの違いを、訳知り顔で述べたときのように。



 除夜の鐘が聞こえてきた。ざわざわと、初詣に向かう人の足音も。
 カカシはそばを食べている。きっと、もうすぐおかわりがほしいと言うだろう。夕飯に大鉢いっぱいのキンピラや煮染めを食べたけれど。
 それはそれ。これはこれ。
「おいしいですねえ。おかわり、ありますか?」
 やっぱり、ね。
 イルカが二杯目のそばを卓袱台に置いたとき。

 木の葉の里で、新しい年が明けた。



 (THE END)


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