一途なハンバーグ〜魔の食欲上忍シリーズ17〜  BYつう






ACT2



 結果。
 あたりにミンチを飛び散らせながらも、わらじのようなハンバーグがふたつ、出来上がった。どう見てもイルカが作ったものの倍はある。
 いずれにしても、二回に分けて焼くつもりだったから、まあいいか。イルカはフライパンをコンロに乗せて、火を点けた。
 まずはこのわらじを焼いてしまおう。カカシは腹が減っているらしい。食欲がべつの欲求にスライドする前に、さっさと食わせなくては。
「あ、それ、俺が焼きます」
 流しで手を洗っていたカカシが、首をのばすようにして言った。
「え、でも……」
「やりたいんですよー。いいでしょ」
「はあ、それじゃ、お願いします」
 本当は、断わりたかった。ハンバーグは火加減が難しい。強すぎると周りだけ焦げて生焼けになるし、弱火で長く焼くと肉汁が出てしまう。
 パサパサのハンバーグは食えたもんじゃないし、生焼けは危険だ。が、それを口にしてはいけない。なにしろこの男は、異常にプライドが高いのだ。うっかりしたことを言うと、倍返しされるのは目に見えている。
 これなら「おなかすーいたー、なんか食べたーい」と歌いながら卓袱台を箸で叩いていた方がましだったかも。
「あーっ、イルカ先生!」
 つらつらと考えていたところに、またしても絶叫。
「……今度はなんですかっ」
「ハンバーグがひっついちゃいましたー」
「あんた、油ひかなかったんですか」
「油? さっき、ちゃんと手に塗りましたよ」
 駄目だ。やはり、猿にでもわかるように、逐一段取りを教える必要があるらしい。
「……焼くときにフライパンに油をひかないと、こびりついてしまうんですよ」
「なーんだ、そうだったんですかー。イルカ先生って、物知りですねえ」
 これは常識の範疇だ。誉められてもうれしくない。
「じゃ、これ、どうしましょう」
 不安そうな声。イルカは嘆息して、フライパンの前に立った。このままひっくり返しても、ぼろぼろになるだけだ。それならいっそのこと、形を崩してスープにしてしまおう。
 サラダ用に切ってあったキャベツやニンジンをフライパンに放りこみ、水と固形スープの素を入れる。
「せっかく作ったのに〜」
 カカシがうじうじと文句を言っている。
「捨てるよりは、ましでしょ」
「それはそうですけど」
「次は、油をひくのを忘れないでくださいね」
「次?」
 カカシの藍色の目が、大きく見開かれた。
「……はいっ! 次はちゃんとやりますっ」
 もう機嫌が直っている。イルカは苦笑した。
 つくづく、甘いよな。
 自分でもそう思う。結局はこの男のわがままを容認しているのだから。
 スープをべつの鍋に移し、フライパンを洗う。カカシはうきうきしながら待っている。
「焼く前に油、ですよね」
 楽しそうなカカシ。
 ここで油断したら、黒焦げのハンバーグを食べることは必至だ。火加減だけは、しっかりチェックしなくては。
「油、ひきましたー」
 鬼の首でも獲ったかのように、カカシが宣言した。イルカの作ったハンバーグが次々に並べられる。
「最初は強火で、焦げ目がついたらひっくり返して、あとは火を弱めてじっくり焼いてくださいね」
「どうして弱火にするんですか? 俺、早く食べたいです」
「ずっと強火のままだと、中に火が通る前に焦げてしまうんですよ」
 煮魚を温めなおすのに強火にして、鍋を焦げつかせたくせに。もう忘れたのだろうか。
「炭化したハンバーグなんて、食べたくないでしょ」
「……そうですね。炭は苦いです」
 ようやく、思い出したらしい。真剣な顔で火を調節している。
 細かく指導した甲斐もあって、無事にハンバーグが焼き上がった。皿に盛り付け、卓袱台に運ぶ。
 スープとサラダとごはんを並べると、卓袱台の上は料理でいっぱいになった。
「うわあ、ごちそうですねえ。いただきまーす」
 にこにこと笑いながら、カカシは箸を取った。スープ用にスプーンを出そうかと思ったが、カカシはすでに味噌汁をすするようにして口をつけて飲んでいる。やたらと機嫌がいいので、ここで流れを止めたくはない。
「いただきます」
 イルカは丁寧に手を合わせ、カカシの「はじめての料理」に箸をつけた。





 約四十分後。
 皿もスープの鍋も、見事に空になった。カカシはいつにもまして「おいしいですねえ」を連発し、五個あったハンバーグのうち四個をたいらげた。結局イルカの口に入ったのは一個だけで、床に落ちたミンチの入ったスープを飲む羽目になってしまった。できれば、あれは遠慮したかったのだが。
 イルカの心中を知るはずもなく、カカシはあいかわらずご機嫌だった。イルカが皿を洗っているあいだ、ほうじ茶をすすりながら鼻唄まで歌っている。
 これはこれで無気味だな。イルカは思った。大吉は大凶に通じるとも言うし。
 なんとなく、不穏な空気を感じ始めたとき。
「ねえねえ、イルカ先生」
 耳元で、声。
「……なんですか」
 来た。
 イルカは流しの水を止めた。
「俺、今日、がんばりましたよね」
「ええ、まあ……」
「だったら、ご褒美、くださいよ」
「は?」
 わずかに身をよじって、うしろを向く。藍色と紅の、ふた色の瞳がイルカを見据えていた。
「ご褒美ですよ」
 唇に笑み。カカシの腕がイルカの腰に回った。その意味を察して、あわてて身を引く。
「……ちょっと待ってください。いま、蒲団を……」
「もう敷きました」
「え……」
 いつのまに敷いたんだ。ずっと卓袱台の前にすわってたくせに。影分身でも使ったのかな。この男ならそれぐらいやりそうだが。
「ちゃんと、襖を外してから敷きましたよー」
 どうやら、以前よりは学習能力がアップしたらしい。
 とりあえず、被害はなし。これはやはり、「ご褒美」をやらなきゃだめなんだろうな……。
「だから、ね。くださいよ」
 しあわせそうな顔で、しあわせそうな声で、カカシは言う。
 はいはい。わかりましたよ。イルカは口元をゆるませた。
 この男は子供。求めることしか知らない子供。そして自分は、そんな子供に求められてしまったのだ。
 洗い桶にぽたん、と水滴が落ちた。イルカは六畳間の明かりを消して、銀髪の男に従った。



  (THE END)


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