愛に包まれて〜魔の食欲上忍シリーズ28〜 BY つう 豚ミンチ百グラム四十八円。 今日はこれだな。うみのイルカは心を決めた。 「すみません。豚ミンチ五百グラムください」 すっかり馴染みになっている肉屋のおやじさんに声をかける。商店街の特売品で晩ご飯のメニューを瞬時に組み立てられるようになった自分をいささか情けなく思うが、これは必然だ。あの食欲(と、もうひとつの欲求)のカタマリのような男と付き合う限り、食費は一円たりともムダにはできない。 先刻、八百屋でキャベツを一玉六十円で買った。メインは餃子にしよう。汁ものはワカメと卵の中華スープ、副菜はキュウリとはるさめの酢の物。よし。あとは餃子の皮だな。 どうせカカシのことだ。ひとりで三、四人前は食べるだろう。たくさん包むのは面倒なので、大判の皮を買うことにした。ひと袋二十二枚入り。それを四袋買って、イルカは帰途についた。 もしかしたら、またぞろ「お手伝い」をすると言い出すかもしれない。団子や餅を丸めるのなら多少不揃いになってもかまわないが、餃子は皮が破けたり具がはみだしたりしてはうまく焼けない。どうしたものかと考えた結果、イルカは雑貨屋で「餃子包み器」なるものを購入した。 一個百円。これはいわゆる便利グッズのひとつで、おにぎり型とか寿司ネタ型などのように餃子の皮と具を入れてはさむようになっている。ひだの部分が少々薄いようだが、あの日常生活不適応者で手先の無器用な銀髪の上忍に、まっとうに餃子が包めるとは思えない。ここはひとつ、粘土遊びでもする要領で作ってもらうしかあるまい。 もちろん、イルカからその「お手伝い」を頼むつもりはさらさらなかった。万が一、興味を持った場合の予防策である。 こんなことまで気を遣わなくてはならない自分が、ときどき嫌になる。が、いまさらどうしようもない。 「今日のおかずは、なんですか?」 そう言いながら、うきうきした顔で扉を開けるあの男を、拒むことなどできないのだから。 大きなボウルにミンチと刻んだキャベツなどを入れて混ぜる。粘りが出てきたところで、手早く包み始めた。三十個ばかりが皿の上に並んだとき。いつもの声が玄関から聞こえた。 「イルカ先生、こんばんはー」 続いて、扉を叩く音。 「ちょっと待ってくださいっ」 手を洗いながら、答える。鍵をかけていないのだから、そのまま入ってくればいいのに。 もっとも以前に何度か勝手に入られて、それを注意したことがあったから、カカシなりに考えているのかもしれない。 「お待たせしました」 ドアを開けると、カカシが風呂敷包みを持って立っていた。 「イルカ先生、これ、お土産でーす」 ずい、と包みを差し出す。反射的に受け取って、 「はあ、どうも。ありがとうございます」 常とは違う展開に戸惑いつつも、イルカはカカシを六畳間に案内した。 長い付き合いになるが、この男が土産などというものを持ってきたのは数えるほどしかない。それも、単独任務の際のニセの報告書を代筆する見返りに、地方の名品(珍品)の類を半ば押しつけるようにして置いていったぐらいだ。 今回も、それかな。いや、しかし、このところカカシの単独任務はなかったはずだが。 今日もきのうも七班を率いての近隣での任務だった。とくに秘するようなものではない。先月は十日ばかり里を明けていたが、あれは表任務だったはずだし。 つらつらと記憶を辿ってみたが、思い当たる節はなかった。ふたたび、風呂敷包みに視線を戻す。 「で、これはいったい……」 「餅です」 「は?」 「だから、餅ですってば」 いまごろ、餅? まあ、べつに正月でなくても餅を食べることはあるが、この男が土産に餅とは、どういうことなのだろう。まさか自分で作ったわけでもあるまいし……。 「俺が作ったんですよっ。食べてくださいね〜」 ………まじかよ。 イルカはその言葉を、あらんかぎりの精神力で抑え込んだ。うっかりしたことは言えない。 「そっ……それは……うれしいです」 なんとか言葉をしぼりだす。カカシは鼻唄を歌いつつ、風呂敷を広げた。 「今日、庄屋さんちの田植えを手伝いに行ったんですよー。それがけっこう早く終わりまして、おかみさんが柏餅を作るっていうんで」 「で…………手伝ったんですか?」 我知らず、声がうわずる。 任務内容はあらかじめ決められていて、それ以外のことをするのは基本的に禁じられている。 「あ、イルカ先生。いま、『まずい』って思ったでしょ」 しまった。ばれたか。 山盛りの柏餅を前に、イルカは覚悟を決めた。まだ飯を食っていないこの男の機嫌を損ねてしまったら。結果は火を見るより明らかだ。フルコースかトライアスロン。あしたは受付業務だけだから、サイアクの場合は欠勤だな。 背中に季節外れの寒風が吹き抜けたとき。 「だいじょーぶですよー。ちゃーんと庄屋さんに、任務の終了を宣言してから手伝いましたもん。これはボランティアってことで」 へえ。そういう点も進歩したんだな。 ナルトたちと一緒にいるからなのだろうか。この男は、以前よりも「人」として成長しているような気がする。 「それは……おつかれさまでした」 イルカは心から、そう言った。 「これは食後にいただきますね。いま餃子を作ってますんで……」 「えーっ、餃子ですか?」 ぱっと表情を明るくして、カカシは立ち上がった。 「俺、手伝いまーすっ」 薮蛇だったかも。心の中で嘆息する。 まあ、仕方がないか。餃子包み器を買っておいてよかった。イルカは餃子の皮と具を卓袱台の上に並べ、 「じゃあ、これ、お願いしますね」 包み器の使い方を説明する。 「おれはスープの用意をしますんで」 「はーい。まかせてくださーいっ」 やる気満々の顔で、カカシは断言した。 予想外に、カカシはかなりきれいに餃子を作った。とはいえ餃子包み器の形状に問題があったのか、やたらと薄っぺらな形にできあがってしまい、見た目は餃子というよりラビオリだ。しかも用意した具の三分の一ちかくがボウルに残っていて、イルカは仕方なく、肉団子を作ることにした。冷凍しておけば、次回に使えるだろう。せっかく買った食材を無駄にしたくはない。 「あ、俺、団子丸めるのもやりまーす」 カカシが手を上げて、言った。 ほんとは、遠慮したい。あまりたくさん「お手伝い」をさせると、あとで「ご褒美」がたいへんなのだ。フルコースまではいかなくても、特別メニューを要求されるかもしれない。 普通の惣菜で、十分なんだけどな……。 ふと、そんなことを思う。いや、その、つまり、あっちの方も基本メニューがいいということで。 「はーいっ。できましたー」 晴れやかな声。イルカはカカシをねぎらって、卓袱台の上を片づけた。肉団子を冷凍庫に入れ、酢の物を大鉢に盛る。いざ餃子を焼く段になって、フライパンを前にしばし考えた。 カカシが包み器で作った餃子と、イルカが包んだ餃子とでは明らかに形状が違う。具の量も違うので、別々に焼かなければ火の通りがうまくいかない。 さて、どうするか。 しばし考えた結果、イルカは天ぷら鍋を取り出した。ラビオリ風の餃子は、揚げ餃子にしよう。そうすれば食感も味も変わってちょうどいい。 われながら、いいアイデアだな。イルカはフライパンと天ぷら鍋を並べて、調理にかかった。 「あれえ、なにしてるんですか?」 カカシが興味津々といった顔で、コンロの前にやってきた。 ……もう「お手伝い」はいいよ。 真剣にそう思う。しかし、銀髪の上忍は天ぷら鍋を覗き込んで、 「うわあ、餃子のからあげですかー。おいしそうですね〜」 このうえなく、うれしそうな顔。イルカは半ばあきらめた。 仕方ないな。特別メニューぐらいは受けてやるか。 ほとんど惰性でそう思ったとき。 パン! 「……っ!」 カカシが壁際まで跳んだ。手にはクナイ。瞬時に防御と攻撃の構えをとる。 一瞬、思考が凍った。 これって……。 イルカの脳裡に、ある一場面が甦った。錦なす山々。落ち葉の舞う里の秋。裏庭で栗を焼いたときの記憶。 だめだぞ。 イルカは思った。笑っちゃ、だめだ。 この男のプライドは尋常ではない。揚げ餃子が弾けたぐらいで殺気全開になったからって、ここで笑ったらおしまいだ。 あのときは散々だった。フルコースとトライアスロン、さらには特注のアラカルト。翌日はまったく身動きがとれなかったっけ。 「……大丈夫ですか?」 かろうじて、言葉をひねり出した。 「揚げものは危ないですから、おれがやりますよ」 渾身の(?)微笑みを送る。カカシの顔から、瞬時に緊張の色が消えた。 「もう少し、そっちで待っててくださいね」 「はーい。待ってまーす」 すっかり、いつものカカシだった。 うまくいった。心の中で呟く。自分で自分にピースを送りたいぐらいだ。 何事もなかったかのように、コンロに向かう。どうやら、包み器で作った餃子には中に空気が入ってしまったらしい。カカシに気づかれないように、注意深くそれを直す。 よし。これでいい。 イルカは手際よく、調理を進めていった。 そして、その後。 カカシは十二分に、食欲ともうひとつの欲求を満たされた。 その陰に、常に倍するイルカの努力があったことは、言うまでもない。 (THE END) |