その日。
 アカデミーの中忍うみのイルカの机の上に、一輪の造花が生けられていた。







一輪の造花〜お稽古カカシシリーズその9〜 by真也







 何かの罠じゃないだろうな。
 中忍はまじまじとその花を見つめた。どこにでもありそうな、一輪のバラの造花。ちなみに、色は情熱の赤。
「赤いバラって・・・・誰かじゃあるまいし」
 若干一名、赤いバラの似合う者に心当たりはある。認めたくはないけれど。
「誰の事言ってるんです?」
「ギャーッ」
 いきなり背後に現れた男に、うみのイルカは飛び上がった。彼とて忍である。気配くらい読めぬわけはない。ただし、それが普通の忍であればだが。
「イルカ先生、俺を捨てるんですかっ。そんなのひどいですう〜」
 この場合、どう考えても相手が悪かった。イルカの後ろにいる男。それは『写輪眼のカカシ』。
「俺は別れませんからねっ」
 がしり。上忍はイルカの腰にしがみついた。中忍がもがいて引き剥がそうとしても、両の腕はびくともしない。
「いい加減にしてくださいっ」
 ばこん。
 ついに切れた中忍は拳を振るった。振るわれた上忍が涙目で見上げる。
「痛いですよう。何でなぐるんですかっ」
「人の話は聞きなさい」
「まだ何も言ってないじゃないですかぁ」
「これから言うつもりですっ!」
 ばしっと大きく言い放つ。ここで負けたら終わりだ。相手のペースに巻き込まれたら、またぐるぐる振り回されてしまう。それはいやだ。たとえだいたいの場合、墓穴を掘ることになっていたとしても。
「カカシ先生」
「はい」
「そこに座りなさい」
「はーい」
 上忍がちょこんとその場に体育座りする。
「怒られる時は正座ですっ!」
「俺、怒られるんですかぁ?」
 小首を傾げて聞き返した。でも座り直す。今から怒られる者にしては、かなり嬉しそうな顔だ。
「いきなり後ろに現れるのはやめてください」
 カカシの前に正座して、うみのイルカは指導した。
「だってぇ、イルカ先生が他の奴のこと言うから・・・・」
「だからと言って、無断で背後を取らないでくださいっ」
「ええーっ。気配を察してくださいよう。せっかく愛の念を送ってたのに」
 馬鹿野郎、こちとら一介の中忍だ。それも、自慢じゃないが万年中忍だぞ。気付いて欲しかったら、きちんと分かりやすく気配を出しやがれ。
 イルカの心の声は空気に消えた。ぴくぴく震えるこめかみを押さえる。
「それは、鈍くてどうもすいませんでした」
「いいですよ〜。イルカ先生のびっくりした声、聞けたし」
 嫌味のつもりで言った謝罪は、やっぱりあっさり躱された。相手の方が一枚上手だとわかっているのに、どうして足掻いてしまうのか。性格だから仕方がない。
「ところで、誰のこと言ってたんですか?」
 上忍が上目づかいで訊いてきた。どうも気になるようだ。
「オレは、赤いバラの似合う人を思い出してました」
「ああ、なんだ。俺のことですか」
 にっこりとカカシ。自分と信じて疑ってない。
「あんたねぇ。バラが似合うと言えば、普通女性を考えませんか?」
「でも、イルカ先生の知り合いでしょ?俺しかいないですよ〜」
 いいかげんにしろよ。オレだってかわいい嫁さんもらって、幸せな結婚生活夢見た時期はあるんだぞ。うみのイルカはそう思った。けれどもそれは事実。自分はこの男に惹かれたし、一緒に生きてゆく決心までしてしまったのだ。
「それに。この花が一番似合うのは俺ですよ〜」
「はあ?」
「だってこれ、俺が作ったんですもん」
 花瓶から造花をひょいと抜き、はたけカカシは微笑んだ。





『婆娑羅よりましだろう』
 先日の壮絶な華道を思いだしながら、うみのイルカは古寺の前に立った。扉を叩く。
「待ってたんですよ〜」
 がらりと戸を開けて、はたけカカシが出迎えた。
「今日がお稽古の日でよかったです。猫の手も借りたかったんですよう〜」
 オレは猫か。そう言いたいのをぐっと堪えて、中忍は中に入った。入って目を見張る。
 バラ。バラ。バラ。
 そこは赤いバラの園だった。いつものお稽古道具は隅っこに片づけられている。バラの中にちゃぶ台が一つ。火鉢が一つ。そして、脇に山のように積み上げられているダンボールの箱。 
「さっ、どうぞ。寒いんでこれを着てください」
 イルカに藍色の半纏を手渡し、いそいそと上忍がちゃぶ台の前に座った。せっせと造花を作り出す。瞬時に赤いバラが咲いた。
「あの、訊いていいですか?」
「なんです?」
「これ・・・・・何なんです?」
 ひょっとして?という答えは頭に浮かんでいた。でも。それをこの男がする理由を考えつくことができない。
「いやだなぁ」
 銀髪の上忍がポリポリと頭を掻いた。
「もちろん、内職ですよ」
 やっぱり。
 中忍はがっくり、肩を落とした。



「何故なんですか?」
 ぎこちない手つきで造花を作りながら、うみのイルカは尋ねた。
「いやあ、前回の花瓶が響きました〜」
 秒速一本の勢いで造花を作り出し、はたけカカシが返す。
 あの、巨大花瓶か・・・・。
 ため息をつきながら、中忍がやっと一本作り終えた。
「いくらかかったんです?」
 半分投げやりになりながら、訊く。
「あれは掘り出し物で、だいぶんと値切ったんですけどねぇ。なんせ、もともとが小さな家一件買える額でしたから・・・・」
「なんですって!」
 ぶちり。造花の茎の部分をぶっちぎって、うみのイルカは叫んだ。カカシが慌ててちぎれた部品を拾う。それは修復できない状態になっていた。
「ああ〜っ。一本五円なのに〜」
 半分べそをかきながら銀髪の上忍は言った。
「どうしてそんな高いもん買うんです!ただでもお稽古道具に膨大な金銭を注ぎ込んでいるクセにっ。それに、なんで内職なんですかっ!」
 わなわなと震えながら中忍は訊いた。里随一の上忍である。こんな内職などしなくても、高額収入のS級やA級任務を引き受ければいいのだ。
「だって長期任務や外国の任務じゃ、お稽古発表会できないじゃないですか。発表会じゃなきゃイルカ先生、ここに来てくれないでしょ?」 
 ぶちり。また一本造花がぶっちぎれた。
「イルカ先生〜、破損した花は買い取りなんですよう」
 また半泣きでカカシが言う。
「なら、買い取ればいいじゃないですか。あんたは忍なんですから、任務報酬で払えばいいんです」
 そんな理由で任務を選んでいたのか。血管もぶっちぎれそうな中忍が返す。
「でも・・・・・」
 珍しく上忍が口ごもった。内職の手を止め、下を向く。傷ついた顔。
「・・・・どうしたんですか?」
 ちょっと心配になってイルカは覗きこんだ。ひょっとしたら、任務がらみとかどうしてもこの内職しないといけない理由があるのかもしれない。
「これ、明日の朝に納期なんです」
「それで?」
「一回引き受けた事は途中で投げ出しちゃいけないって、イルカ先生言ってましたよね」
「・・・・はい」
 それはそうだ。アカデミーの生徒たちに、イルカは常にそう言っていた。何事もやり遂げろと。
「それに。俺が明日の朝までにこれ全部しなかったら、内職の卸屋さんが困るんです」
 子供が泣きそうな顔。どうしたらいいかわからないような。

 はあーっ。

 うみのイルカは目を閉じ、大きく息をついた。再び目を開く。銀髪の上忍を見つめて言った。
「やりましょう」
「えっ」
 はたけカカシが目を見張る。中忍は微笑んだ。
「確かに何事もやり遂げる事が大切です。でも、内職は今回限りにしてくださいね」
「イルカ先生・・・・」
「きっと任務受付所にも迷惑が掛かっているはずです。上級任務もきちんと受けてください」
「でもっ」
「ただでとは言いません。状況が許す時は・・・・いつでもここに来ますから」
「わかりましたっ!」
 ひしっ。感無量の顔で、はたけカカシはイルカを抱きしめた。首筋に顔を埋める。イルカがポンポンと背中を軽く叩いた。
「カカシ先生、始めましょう。朝までなんでしょう?」
「そうですねっ。俺、頑張りますっ」
 言うが早いか、はたけカカシは造花作りを再開した。それは凄まじい速さだった。
 さすが上忍だよな。能力の無駄遣いだけど。
 そんなことを考えながら、中忍も造花を作り続けた。もちろん、それまでと変わらない無器用な手つきで。
 大量のバラに囲まれながら、二人の夜は深けていった。


今日の標語:内職で 心に造花(バラ)を 咲かせまショ
 

 
追記:
 イルカ先生のヘルプの為か?内職は丑三つ時に終了した。
 中忍が翌日有給を取っていることから、第二部はその後敢行されたらしい。お疲れ様でした(^^; 

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