その日、コンクールで優勝しそうな行書体の文字で、うみのイルカの有給休暇届が受付に出された。 明らかに違うその筆跡の主が誰か、追求しようとする者は一人としていなかった。 耐久!アレ合宿〜お稽古カカシシリーズその7〜 by真也 「カカシ先生!ここを開けてくださいっ!」 うみのイルカは郊外の古寺を訪れた。今はもうご本尊はなく、だだっ広い本堂と次の間だけのこの家に、はたけカカシは住んでいた。 「聞こえてるでしょ!早く開けてくださいっ」 バンバンと今にも壊れそうな扉を叩く。しばらくして、がらりと戸が開けられた。 「あれ?集合時間には早いですよ〜」 中から割烹着に銀髪に三角巾を巻いた上忍が出てきた。一瞬、たじろぐ。それでも気を取り直して言った。 「あんたでしょ!オレの有給届出したのっ。それも、一週間もっ!」 「はい。五泊六日の日程ですから〜。イルカ先生も一日位、家でゆっくりしたいでしょ?」 「それに、この『なかよし合宿しおり』ってなんですか!」 「え?だってあったほうがイイでしょ?日程表。やっぱり無計画に事を進めるのっていけないですよね。中、見ました?」 「見ましたともっ!この、罰当たりな内容!」 ばしん。イルカが小冊子をカカシに叩きつける。止め具が外れた。バラバラと紙が落ちる。 「手作りなのに〜」 半べそをかきながら、カカシがそれを拾い集める。ピンクの表紙がかわいい。 「せっかく一週間、練りに練ったカリキュラムだったのに〜。これで、合宿が終る頃にはイルカ先生、完璧ですよう」 「完璧って何が!五泊六日まるまるアレばっかりじゃないですかっ」 真っ赤になりながらイルカが叫ぶ。哀れ。カカシはニッコリと言った。 「だって俺達、恋人同士でしょ?」 「誰が決めたんですか!」 「イルカ先生、『俺と一緒に努力する』って言ったじゃないですか〜!あれ、嘘だったんですか?」 ちろり。ご無体になったしおりを胸にカカシが横目で見る。イルカが言葉に詰まった。 「先生に限って、その場しのぎのことなんか言いませんよね?」 にやり。蒼い目が綺麗に細められる。イルカの額に汗が流れた。 そうなのだ。あの湖の一件の後、ここですったもんだの出来事があってかなり酷いことをされてしまったのに、自分は言ってしまったのだ。この上忍と『一緒に努力する』と。 金輪際手を煩わされることがなくなる、この上忍と無関係になる絶好の機会だったのに、思ってしまった。 『それは、いやだ』と。 自分の本心だっただけに、どうしようもない状態だった。 だから、腹を括ったのだ。目の前の男と生きてゆこうと。しかし。 どうしてこうなるのだ。ただでも週に一度はこの銀髪の上忍に拘束されるのだ。せめて休みくらい自分で選びたい。 「何も二十四時間アレばっかりしてるわけじゃないですよ?よく見ましたか?ちゃんと講義の時間もあるし、食事の時間も風呂の時間も消灯の時間もあります」 「アレの講義『基本正常編』『応用冒険編』『奥義アクロバット編』なんて嫌ですっ。その実地なんてもっと嫌ですーーーー!」 「段階を踏んでると思いますけど」 「俺は初心者ですっ」 「いや、だから基本からしっかりと」 「しっかりしたくないですっ」 涙目のイルカが訴える。カカシは溜め息をつき、ぼりぼりと頭を掻いた。 「ま、とにかく中に入ってくださいよ。まだ掃除が終わってないんですけど」 ぼそりと言ってカカシが中に入る。イルカも後に続いた。 中に入って目を見張る。片づいている。 本堂にあった数々の物品が綺麗に整頓されている。奥にはここで講義を受けると考えられる黒板と机、椅子が一つ。机の上には教科書とおぼしき本の山が積まれていた。 「午前中はここで講義なんですよ」 カカシが本を一冊手にとる。『イチャイチャパラダイス・業物編』 「で、午後から復習兼ねてあっちで実施、と」 困ったように奥の部屋を見やる。三角巾を外した。さらり。銀糸のような髪が零れる。割烹着の中から、ベストを外した状態の忍服が現れた。 「俺、アンタといる以上、何もなしではいかないと思うんです。俺はずっとアンタが欲しかった。心も、もちろん身体も。もうあんなことになりたくないから、アンタがいいって言わない限りは我慢するつもりです。でも、それもいつまで出来るか自信ないです。それほど俺はアンタに餓えている。だからこそ、これ以上苦痛を与えないよう、早くアレに慣れてもらおうとこの合宿を企画しました。段階を追ってゆっくり進めば、上手く身体も馴染んでくれると思ったんです」 色ちがいの瞳がイルカを見つめる。どきり。鼓動が一際大きく跳ねた。 そうだったのか。お遊びやお稽古の延長じゃなく、本当にオレを思いやってくれての合宿だったのか。イルカは己の狭量を恥じた。カカシ先生がここまで考えてくれたのに、オレはたかが有給休暇で腹を立ててたなんて。『一緒に努力する』が泣いているぞっ! イルカの眉が下がる。両肩も情けなく下がった。 「でも・・・・いいです。俺、アンタに嫌な思いさせたくないですから」 泣きそうな、傷ついた顔。これには弱い。 「合宿は中止します。俺、受付に掛合いますから。休みは届けを出しなおしてもらっても、ゆっくり自分で休んでもらっても、どっちでもいいようにします」 ぱさり。合宿のしおりが机に置かれる。割烹着と三角巾が椅子にかけられた。 「カカシ先生・・・・」 「取り敢えず、せっかく来てもらったし。お茶でも入れてきますね。今日は麦茶しか沸かしてませんけど」 上忍がくるりと踵を返す。項垂れた首に胸が詰まった。 「カカシ先生!」 思わず呼んだ。 「なんですか」 「あのっ、オレ」 「いいですよ。『努力する』と言ってもらっただけ、俺は運がいいんですから」 「でも」 「気にすることないです。何も自分から進んで男と・・・・・・。それも俺と、関係を結ぶ奴なんていませんよ」 すっと、奥の間の障子が引かれる。カカシが一歩を踏み出して振り向いた。綺麗に微笑む。 「大丈夫です。俺、きちんと約束は守ります。ナルト達もきちんと監督しますし、自分の任務もきっちり果たします。安心してくださいね」 忘れてはいけないことが、必ずある。 それが、口に出せないことだとしても。 そうだ。オレはあんた、嫌じゃないんだ。 だから、決めたんだろう?『努力する』と。 イルカは大きく深呼吸した。つかつかとカカシの所へと近づく。目の前に来た。 「カカシ先生!」 びくり。カカシが身体を震わせる。 「・・・・はい」 「誰が合宿に参加しないって言いましたか!」 じとり。カカシが見つめる。イルカはその目を見ながら言った。 「だって」 「だってもあさってもないですっ!カカシ先生っ、オレが怒ってたのはねぇ、勝手に有休届が出されてたからです」 「はい」 「とはいえ、オレも浅はかでした。自分の尺度でアンタの好意を計っていました」 「好意?どっちかというと、下心かなと。・・・・・かなり計画的ですが」 「しましょう!合宿!嫌なことはさっさと終らせたほうがいいですっ」 「・・・嫌?」 「さあっ、行きますよ!まずは合宿開会式でしょ?」 ぐいとカカシの腕が引かれた。まだ信じられないと言う感じで上忍が中忍を見つめる。 「あ、でも、合宿するって言ったら、今日の昼飯は・・・」 「握り飯でしょ!しおりに書いてあったから、作ってきましたよっ」 「えっ、ええっ?本当ですか〜」 喜色満面、カカシが目を潤ませる。 「オレは不器用ですからねっ、所々辛くったって文句は言わせませんよっ!」 「知ってます〜」 「は?」 「いえ、嬉しいです〜」 「じゃ、始めますよ」 「はい〜」 中忍に引っ張られて、上忍が部屋へと入っていく。かたりと、障子が閉められた。 かくて、参加人員二名の通称:『なかよし合宿』は実行された。 五泊六日の日程で行われたこの合宿の成果を知るのは、若干二名しかいない。 今日の標語:合宿で 上手くなりまショ 先のため end |