達筆襖を走る
 〜お稽古カカシシリーズその4〜 by真也







「なあ、ちょっと訊いていいか?」
 醤油ラーメンのスープを啜りながら、イルカが訊いた。
「なんだってばよ。改まってさあ」ナルトが味噌ラーメンのコーンを掬いながら答える。
「何かあったんですか?」サクラも箸を止めた。
「・・・・・ろくなことじゃないな」言いながら、サスケは麺を口に運ぶ。図星を指されて咽せそうになりながら、イルカは言葉を発した。
「カカシ先生って、どんな人だ?」
「なんだよ」
「何ですか」
「・・・・」
 六つの目が集まる。背中を汗が流れ落ちた。
「いや、オレは仕事の付き合いでしか、知らないからさ」
 引き攣りながらイルカは言った。
「遅刻ばっかしだけど、いい先生だってば」ナルトが答える。
「たしかに、熱心ではあるわね」サクラも首肯いた。
「やな野郎だけどな」サスケが吐き捨てる。
「サスケ、まだあのこと根に持ってる」
「うるさい」
「あれはサスケが悪いって。ズルしたんだから」
「なんだと」
「こら、喧嘩するなよ。どうしたんだ?」
 イルカは二人を見回した。二人ともそっぽを向いている。仕方なくサクラを見やると、サクラはバツが悪そうに口を開いた。
「技の練習中に、サスケ君が写輪眼を使ったんです。カカシ先生はそれを厳しく指導されて・・・・・」
「サスケ、しごかれたんだよな」
「写輪眼がどれくらい使えるか試したかっただけだ。実践でいきなり使うよりはマシだろ」
「まあ、そうかもしれないが」
「カカシ先生、『楽するんじゃないよ』って。『楽して得たものは結局、上手く使いきれない。写輪眼で術コピーなんざ、もっと後だよ』ってさ。あれは怖かったってば」
「そうね。あの時のカカシ先生、ちょっとかっこよかったわ」
「サクラちゃんっ」
「そうか・・・・」
 教え子たちの言葉を聞いて、イルカは考え込んでしまった。正直、悩んでいる。今まで、自分を道楽に巻き込むだけだと思っていた銀髪の上忍。でも、見てしまった。彼の中の真摯な「努力」を。あのときは本当に思った。すばらしい人だと。やはり上忍、尊敬に充分値するのだと。そしてその上忍の座は、絶え間ない彼の努力によって獲得されたのだと。
 しかしもう一方では、フラメンコや花魁姿の艶めかしい姿もちらついている。
『どっちが、本当なんだろな・・・・』ぼんやりと思ったとき、サスケに指摘された。
「イルカ先生。赤いぞ、顔」
「えっ」
「真っ赤だって」
「どうしたんですか?」
「いやっ、何もっ。おまえたち、ありがとな。じゃ」
 あたふたと席を立った。挨拶もそこそこに勘定を済ませる。給料前にラーメン4杯分。かなりきついが、背に腹は替えられない。今日は、例の日なのだ。イルカは今日の昼のやりとりを回想した。




「イルカ先生、今日、宜しくお願いしますね」
「あの」
「なんですか?」
「今日の出し物は・・・」
「あ、大丈夫ですよ。鳴り物じゃないです。踊りもナシ」
「そうですか。で、あの時間の方ですが」
「それも大丈夫です。残念ですが、今日のは長時間できるものじゃないですから」
「はあ」
「楽しみにしててくださいね。俺、あなたを無我の境地にご案内しますから」
「はあ?」
「じゃ、そういうことで」
 ドロン。と、いかにも忍者らしく、銀髪の上忍は消えた。イルカは複雑な気持ちで見送った。
『無我の境地、ねえ・・・・』
 思わず、ため息が出る。
「ま、いいか」
『今日はいつもより楽かも』淡い期待を抱きながら、イルカは家路についた。





「お帰りなさい〜」
 戸に触れる前に声がした。がらりと戸が開く。銀髪の上忍が顔を出した。
「カカシ先生?」
「はい」
「・・・・・どうしたんですか?」
 思わず訊いてしまった。なぜなら、上忍は着物に袴、タスキの普通の格好である。
「え?別にどうもないですよ。さ、入ってください」
「オレの家です」
 複雑な面持ちのまま、イルカは中に入った。家の中を見渡す。どこも改造されてない。安心するというよりは、気味が悪かった。
「イルカ先生、食事は?」
「済ませてきました」
「お風呂、どうします?」
「後で入ります」
「じゃ、始めていいですね」
「あの、今日は・・・・」
「習字でーす」
「習字ですか?」
「はい」
「本当に?」
「本当です」
「習字って、字を書く習字ですよね」
「結構、疑り深いですね。もちろん、そうですよ」
「そ・・・・・そうですか」
 イルカは期待に震えた。習字。この一見地味といえる習い事にカカシが着手したのだ。今日は近所迷惑になる可能性はない。この上忍が書く文字を鑑賞していればいいのだ。それに習字であれば、イルカにも少しは心得がある。今回はまともですがすがしい発表会かもしれない!
「何枚位、書かれるんですか?」
「そうですねぇ。十枚くらいですか」
 十枚。楽勝だ。
「ではイルカ先生、奥へどうぞ」
 奥で?机があるのはこっちの四畳半ですが?
 疑問を口にする前に腕を引かれた。がらり。奥の襖を開かれる。
「ようこそ!無我の境地へ!」カカシが宣言した。イルカの目が大きく開く。
「・・・・・・何ですか?これ」
「半紙です」
 そこには、畳六畳分くらいの紙が敷かれていた。これでは『無我』というよりは、『無地』だ。
「大きいじゃないですかっ」
「すごいでしょ」
「こんなのにどうやって書くんです!」
「え?こうやって書くんですよ」言い終えないうちに、カカシが強大な箒状のものをよいしょと持ち上げる。そばにあったタライにそれを突っ込む。タライの中身は、墨。
「では、一筆め。いきまーす」
「わあぁぁぁぁ!カカシ先生!」
 イルカは止めに走った。が、全ては遅かった。



 シュビッ。バシュッ。シュビビビッ。ビシュッ。



 白い紙の上に、爆発したような文字が描かれる。と、同時に八畳の間の襖に、畳に、天井に墨が飛ぶ。
 黒く塗り替えられる室内を見つめて、イルカは思った。


『もう、敷金は帰って来ない』と。


 翌日。
 イルカ宅の惨状を見た長屋の家主は、『今後一切の迷惑行為を禁じる』と、最後通告を突きつけた。


「オレがしたんじゃないですっ!」という中忍の叫びが虚しく木霊する。
 中忍は今、某上忍から姿を隠しているらしい。




今日の標語:お習字も 大きくはみ出しゃ 社会悪




end




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