津軽努力節 〜お稽古カカシシリーズその3〜 by真也 「カカシ先生、折入ってお話があるのですが」 「わかりました!今日の発表会の事ですねっ。嬉しいなぁ、そんなに待ち焦がれて頂いて」 「焦がれてません」 「またまた〜」 「怒りで焦げることはあっても、待ち焦がれることは絶対ありません!」 「・・・・・断言しましたね」 「はい」 「俺の不徳といたすところです。精進しましょう」 「どうでもいいです。本題に入りますよ」 「なんか、開き直ってません?」 「そうできればどれだけいいか。ともかく、聞いてくださいっ」 「はい」 イルカは大きく息を吸い込み、思い切って言った。 「昨日、オレの所に長屋の家主さんが来られました」 「はあ」 「どうやら、オレに内緒で回覧板を回し、アンケートをとったようです」 「いやらしいですね」 「結果、賛成と反対が同数で、なんとか危機を免れました」 「よかったですね」 「よくないです!」 眉間にシワを寄せ、イルカが詰め寄る。もはや目が三角だ。 「あんたは確かに上忍です。でも、オレの住居権を侵されたらたまりません。あの長屋は見た目は古いですが、案外しっかりしてて、何より家賃が安いんですっ」 「いい物件なわけですね。それがなにか?」 「アンケートの内容、何だと思います?」 「さあ」 「オレをあの長屋に置いておいていいかです!もし、反対意見が多かったら、オレは路頭に迷うところでしたっ!」 「酷い奴らですねぇ。ちょっくら、絞めてきましょうか?」 「ダメです!忍たるもの、一般人に手を出してはいけません。それより、こんなことをされる原因がおわかりですか?」 「いいえ、全然」 「あんたですよっ!あんたがいろいろオレん家でやるからっ」 「ええ〜っ。イルカ先生が見たいって言ったくせに〜」 「ともかく、これからうちでどたばたされるのは困ります。もっとおとなしい芸になさるとか、場所を変えてくださいっ」 「あ、じゃあ。俺ん家とか?」 「却下です」 「即答ですね」 「当たり前です。一晩中、鑑賞会なんて恐ろしい・・・・」 「あっ。それイイですねぇ」 「よくないです!」 更にイルカが詰め寄る。黒目がちな瞳は殆ど潤んでいた。哀れ。 一方カカシは『イルカ先生、涙腺ゆるいなぁ」などと呑気に考えていたのだが。 「わかりましたよ。場所を変えたらいいんでしょ」 「発表しないでくれたらもっと助かります」 「ま。今日は別ん所でします」 「聞いてないですね」 「じゃ、仕事開けたら迎えに来ますね〜」 言いたいことだけ言って、銀髪の上忍は去った。イルカはがっくりと肩を落とす。 これを機に、発表会をやめてくれないかと思ったのだ。でもまあ、気を取り直す。今日は近所に迷惑を掛けることはない。それとなく壁を叩かれたり、通りを通るだけでヒソヒソ言われたり、ご近所のお子さんに『昨日せんせいのうち、赤いおねえさんが来てたね。ヒラヒラ、綺麗だった』とか言われなくて済むのだ。 ため息一つつき、イルカは受付へと歩きだした。 『なんだかねぇ・・・・』 イルカは辺りを見回して、大きく息をついた。贅を尽くした調度品の数々、立ち籠める香とおしろいの甘い匂い。鳴り響く三味線の音。隣で杓をしてくれる女性も、並をはるかにうわまっている。 就業後、カカシが受付に誘いにやってきてから一刻、彼らは花街でも名高い東雲楼の一室にいた。 「お連れ様、如何なされたのじゃ?」 鈴の様な声に気付く。上座にいた楼一の妓女、紫太夫だ。イルカは慌てた。こんな、今まで錦絵でしか見たことないような人に、いきなり声を掛けられたのだ。 「な、なんでもありませんっ」 「そうかえ?なにやら、ぼうとされておるようじゃが。つまらぬのか」 小首を傾げて、困ったように笑う。その姿が、なんとも艶めかしい。イルカは真っ赤になって言った。 「そっ、そんなことはっ・・・・・皆さんお美しくて、嬉しいですっ」 「その美しさもな、主様の前では真昼の月の如く、見る影もないわ」 舞台を見やり、柳眉を寄せて紫太夫は言った。イルカも見やる。舞台では、銀髪の上忍が打ち掛けを着、髪に笄を一本打って三味線をひいていた。周りには天神と呼ばれる楼で二番目の位の妓女が、三人で取り囲んでいる。 「主さま、お手が早過ぎじゃ」楓天神がピシリとカカシの右手を叩く。 「左もお忘れがちですわえ」紅葉天神が白い手でカカシの左手を包む。 「主さま、八手もよう忘れまする。お気に病まれずなさいませなぁ」八手天神がにこにことそれを見守っている。 「いやぁ。姉さんたち、相変わらず手厳しいですねぇ」 カカシが苦笑しながら糸を弾いた。 ぺぺぺンペンペンペンぺンペン、ぺペンッ。 「さ。そろそろ一刻じゃ。紫はこれにて。お連れ様、ごゆるりと、のう」 紫太夫がスッと立ち上がった。途端にお付きの禿達が裾を捌く。イルカが声を掛ける間もなく、太夫は座敷を去っていった。 しばらくして、これを見はからったように数人の妓女達が入室する。座敷はたちまち、大演芸大会になった。妓女たちが踊り、三味がかき鳴らされる。どの妓女も楽しそうに舞っていた。 「楽しんでますか?」 いつの間に来たのか、カカシが隣に座ってきていた。前回は真紅。今回は紅色。少し薄めだが、形のいい唇によく似合っている。もともと色素の薄いカカシにはお白いなど無用の物だった。広く抜いた襟元から、しっかりした鎖骨がのぞいている。明らかに男のものとわかるものなのに、なんとなく艶めかしい。 『見るまい』 イルカは顔を背けた。いつも肝心なところで目を奪われるから、きちんとした対応が出来ないのだ。今日は、気をしっかり!もたなければ。 「楽しくないはずがないでしょ?オレみたいな中忍には、一生来られない楼に連れて来て頂いたのですから」 「その割には、顔が固いですよ」 「緊張してるんです」 「遊びに来て緊張するなんて、イルカ先生って変ですねぇ」 のんびりと言われた言葉に、ぴきりと青筋がたつ。が、反論はしなかった。彼に言っても分かるまい、どう考えても所持する財力が違う。 「ここに来るのは久し振りです。まえはよく来ていたんですけどね」 「そうですか」そりゃ、よかったですね。 「何で来てたのか、訊いてくれないんですかっ」 「はあ?」 遊郭に来る目的など、決まっているではないか。イルカは思わず聞き返した。 カカシはいじいじと膳の上にのの字を書いている。本当の妓女がすれば、なんともいじらしい仕草なのだが・・・・これは、ちょっと嫌だ。 「なんで、通われていたのですか?」 こめかみがケイレンしそうになりながら、イルカは訊いた。カカシの顔がパアッと変わる。 「よく訊いてくれましたねっ。実はここの姉さんたちに三味線と舞踊を習ってたんですよ〜」 「・・・・・・・あの」 「はい」 「遊郭で習い事だけされてたんですか?」 「まあ、俺も男ですから、時々は床入りもしましたけどね。大体は朝までお稽古と発表会でした」 「・・・・・・・そうですか」 イルカはどっと肩が重くなった。わからない。上忍のやることは、この人のやることはわからない。酔いがまわったのか、世界がぐらつきだす。イルカはほぼやけくそになって、頭に浮かんだ疑問を言った。 「カカシ先生」 「なんですか」 「どうして、お稽古されるんですか?あんたなら、難なく会得できるでしょう?」 言ってすぐ、正気になった。それまでのほのぼのとした気が急速に変わってゆく。底冷えのする様な冷気。顔が蒼白になってゆくのが、自分でもわかった。 「すっ、すいませんっ!オレ」 「哀しいですねぇ。イルカ先生には、わかってもらえると思ったんですが・・・・」 俯くと共に、長い前髪がさらりと落ちる。銀糸の合間からこぼれる、紅の眼。蒼い瞳が寂しげに揺れる。イルカの胸がずきりと痛んだ。 「カカシ先生・・・」 「確かに、この眼を使えば一瞬で何でも会得できます。でも、それじゃあ努力できないじゃないですか」 「・・・・・」 「俺はね、どんなことでもそれに至る経過が大切だと思います。常に己を鍛え、努力しつづけること。俺はそれを忘れたくないんです。任務の場合は手段を選んではいられません、必要なら迷いなく写輪眼を使います。でも、それ以外は自分の力で獲得したい。俺が言ったら、可笑しいですかね?」 「そんなことないです!オレ、カカシ先生の気持ちも知らないで、失礼なことを言いました。申し訳ないです。オレ、カカシ先生のこと、見直しました!」 「?・・・・・見直す?」 「いえ、すごいと思いますっ。努力、すばらしいですよねっ。オレ、カカシ先生を応援します!」 「そうですかっ!イルカ先生、じゃあもうひと頑張りいきますねっ」 ぺぺーーン!ペンペンペンペンペンペンペン・・・・・・。 上忍の三味線が掻き鳴らされる。演奏はやっぱり、朝まで止まなかった。 今日の標語:「努力家も 限度超えれば 嫌な客」 end |