情熱のフラメンコ!〜お稽古カカシシリーズその2〜 by真也 「お前。そりゃ、だめだわ」 煙草をふかしながら、猿飛アスマは言った。 「ど、どうしてですか?」 もはや半泣きになりながら、イルカは詰め寄った。最近どうも涙腺が弱い。それも、あいつのせいだっ。 はたけカカシ。銀髪の上忍。写輪眼を持つ、里随一の手練れ。 その実、ただのお稽古おたく。 うみのイルカはほぼ毎週、この上忍の隠し芸発表会に付き合っていた。大抵イルカ宅で行われる。演奏会でも踊りでも、最低二時間はぶっ通しだ。おまけに毎回舞台まで設定される。 イルカ宅の八畳(じつは四畳半と八畳しかない。イルカは八畳間で寝ている)は、ますます改造がなされていた。音響設備は完璧。鏡も張った。どう見ても合わない。今では、訳のわからない大道具まで置いてある。 「でもよう。お前、あいつに言っちまったんだろう?聞きたいってよ」 「確かに言いましたよっ。でも、そんなのただの社交辞令じゃないですか。それがどうして即日で、毎週の発表会になるんですかっ」 「だからな。社交辞令ってのは、通じる相手に言うもんだ。あいつにそれが通じると思うか?」 「だって、いつもあんなに丁寧に挨拶してくださいますし、てっきり礼儀を重んじられる方かと・・・」 「下忍たちもそう言ってたか?」 「いいえ。でもっ、あれはコミュニケーションの一環かと・・」 「つまり、挨拶だけで思いこんでたワケか」 「挨拶は人間関係の第一歩でしょう!」 イルカは断言した。確かにそうだ。人間、第一印象が肝心。でも思いこみすぎ。 「ともかくよう。あいつの稽古事おたくは、今に始まったもんじゃないんだ。暗部では有名だったんだがな。忘年会とか、飽きがこなくてよかったぞ。・・・二次会以降には行きたくなかったが」 ちなみに、暗部の忘年会、新年会、歓迎会のたぐいは大抵、4次会まで夜通し続くらしい。カカシの発表会が。 最初は皆、面白がって付き合う。しかし、朝が来る頃には能面になるらしい。顔が。 「そんなの、知りませんっ!オレは一介の中忍ですっ」 「まあな」 「何とかしてくださいよう!隊長」 「おいおい。隊長はやめとけ」 イルカは中忍になったばかりの頃、アスマの下で任務についていた。あることがきっかけで教職を目指し、アカデミーに勤務するようになったのだが。 「ま、ともかくは付き合うことだな。あいつが飽きるまでよ」 「あ・・・飽きる?」 「あいつはあの通り器用だ。そんなに労しなくても、ある程度の所までは習得できる。それだけに稽古事から稽古事を変わるのも早い。お前に付き合うのも、そのうち飽きるだろう」 「・・・・本当ですか?」 「たぶんな。くれぐれも下手くそっていうなよ」 「ど、どうしてっ」 「そう言われれば、あいつは燃える。止まらないぞ。体力の限りを尽くす」 「そんなのっ、嫌です〜!」 イルカは涙目になって叫んだ。 「今のところ週に一回、二時間なんだろう?安いもんじゃないか。寄席に行ったと思えばいい」 「思いたくないです〜」 「じゃ、な」 アスマは逃げるように去って行った。実は面倒くさかったらしい。イルカは忽然と取り残された。 「ふう」 ため息を吐きながら、イルカはアカデミーから自宅までの道を歩いた。今日はいつもの発表会の日、今度はなんなのだろうか。 『鳴りものは、嫌だな』 イルカは思った。たしか前回の琵琶の時は、ご近所の奥さんに怒られてしまった。琵琶の雅な響きで、赤子が起きてしまったと。でも、その家の舅には『ありがたい音色じゃった』と感謝されてしまったのだが。 みんなずるいよな。苦情なら、あの上忍に言って欲しい。 でも、わかっているのだ。言えるわけがない。写輪眼のカカシに。偶然、上忍の素顔を見てしまったお向かいの奥さんは、それきり何も文句を言わなくなった。 いいよな。顔のいい奴は。 こんなとき思う。世の中って不公平だ。イルカは小石を蹴った。 ブツブツ言ってても仕方がない。歩いているうちに自宅に着いてしまった。戸の前で一端立ち止まり、大きく深呼吸する。思いきって戸に手をかけた。 開いてる。やっぱり開いてる。泣きたい気持ちで戸を開けた。 「おかえりなさい〜」奥から陽気な声。こめかみが痛くなる。 「・・・・・ただいま」痛みに眉を顰めながらも、律義に言った。 「いやぁ、今日は準備が掛かりますから。先にお邪魔しちゃいました」 奥から(もはや八畳は彼の舞台兼準備部屋だ)上忍が顔をだす。イルカは言葉を失った。 綺麗だ。でも、嫌だ。こんなの、嫌だ〜。 「カ、カカシ先生っ」 「どうですか〜?俺、結構いけるでしょ」 紅をひかれた口元が、美しく弧を描く。銀色の髪に紅い花。瞼のアイシャドウさえ、嵌まりすぎている(いや、なくても充分美人の部類だ) そしてなにより、真紅のドレス。どう考えてもボディ・コンシャス。裾には何段もフリルがついていて、ひらり、ひらりと揺れている。 「なんなんですかっ」 イルカは尋ねた。もう、帰りたい。帰りたいと言っても、ここはオレん家。どこに帰るんだ。 「今日はフラメンコです〜」 間延びした声が投げられる。外見はお世辞でなくても美しいのに、響く低音が寒い。 「・・・・踊るんですか」 「はい」 「その格好で」 「もちろんです」 「どうしてフラメンコなんですかっ」 「それはっ」 カカシがくるりをドレスの裾をひるがえす。タタンと足を踏み鳴らした。カンカカンとカスタネットの音。 「ずばり、情熱です」 決めポーズ、決まった。笑顔も眩しい。 イルカは全身から汗がふき出した。腰に力が入らない。よろよろとよろめく。バランスを崩した。 「うわっ」 がしり。力強い腕が抱き留めた。指先にマニキュア。これも真紅。芸が細かすぎる。 「大丈夫ですか〜」 にっこりと笑う。妙に艶っぽいのが嫌だ。 「取り敢えず、ワンドリンク制ですっ」 訳のわからないことをのたまって、四畳半の食事卓の前に座らされる。コトリとグラスが置かれた。並々と継がれる液体。 「酒ですか?」 できたら酔いたい。酔った勢いにしてしまいたい。 「いえ。番茶です。途中で寝られるとイヤですから」 そうですか。はいはい。最後まで観ればいいんでしょ。中忍は番茶を口に含んだ。 「イルカ先生!準備、いいですか?」 「・・・・・結構です。始めてください」 「それでは、情熱の嵐!いきますっ」 真紅のドレスが翻った。 かんかかかん、かかかかかん、かんっ。 幻聴のように、カスタネットの音が耳から離れない。踏み鳴らす足、振りまく笑顔。妙に美しいだけに、脳裏に焼きついてしまった。 嫌だ。 こんな自分、嫌だ。 また一つ、寝返りを打ちながら、イルカは耳を塞いだ。 彼の受難は、まだ続く。 今日の標語:「世の中は 矛盾だらけよ お疲れさん」 end |