愛のマリオネット〜お稽古カカシシリーズその10〜 by真也







「・・・・あれ?」
 ある日の昼。それまで爆睡していたうみのイルカは、枕元にあるその物体をしみじみと見つめた。
 身長三十五センチ。銀色の髪。蒼い瞳。ご丁寧に左目まで額当てとおぼしき布で隠してある。どう考えても誰かに似ていた。
「変化で化けてる・・・・てことはないよな」
 怪訝そうに中忍は顔を顰めた。そんなことはあり得ない。あの上忍は今、S級任務で砂の国に向かっているはずなのだ。
『イルカ先生、いってきます』
 早朝。睡魔に朦朧としているイルカに、はたけカカシは囁いた。うっとりとした声で。満面の微笑みで。まさに大満足だったのだろう。
 当たり前だよな。イルカは苦笑した。
 S級任務と言えば極めて危険度が高い。それに、最低一週間は里に帰れない。これらを理由に、彼らは久々、アレを三段階全部おさらいしたのだ。きっと今日は夕方まで立てないだろう。あらかじめ有休を出しておいてよかった。
 まあ、いいか。これも人助けのうちだもんな。
 訳のわからない理由で納得しながら、イルカは身体を起こした。途端に腰に響く。そろそろと動いて、目の前の物体を手に取った。
「分身ってこともないよな。場所が離れ過ぎているし」
 また独りごちる。綺麗に揃った縫い目。どうやら手作り人形らしい。
 やっぱり自分で作ったのかな。あの人、器用だし。
 自分には無理だなと確信しながら、中忍は人形を見つめた。その時。
『こんにちはイルカ先生。俺、カカプンです』
 いやになるほど聞き慣れた声で、それは言葉を話した。イルカの顔が引き攣る。
 言霊の術まで仕込んでいくとは・・・・・さすがだよ。
 妙なところで感心しながら、中忍は困ったように笑った。




 夕刻。カカシの家の戸締まりをして、イルカは自宅へと帰ってきた。カカプンも一緒である。
「よいしょっと」
 どすん。右手の荷物を床に置く。左手の人形を見やった。別に置いてきてもよかったのだが、何となく罪悪感を感じてしまったのだ。
 やっぱりこわいよな。手作りのものには、作った人の念が入っているっていうし。
 カカプンの何とも言えない顔を見つめ、中忍は独りごちた。なにせあの上忍だ。ひょっとしたら、他にも何か仕掛けがあるかもしれない。もしぞんざいな扱いをして、それがバレたら大変だ。
「さあて、と」
 イルカは人形をどこに置くか迷ったあげく、机の上にそれを置いた。
「取り敢えず、そこで我慢しててくださいね」
 なぜか敬語で話しかけ、中忍は夕飯の支度を始めた。
 


 それにしても、まさか人形置いてくなんてな。
 ぶかっこうな握り飯と漬物、大根の味噌汁の夕飯の後、中忍は机の前にいた。目の前にはカカプンが座っている。
『だって長期任務や外国の任務じゃ、お稽古発表会できないじゃないですか。発表会じゃなきゃイルカ先生、ここに来てくれないでしょ?』
 口を尖らせ、拗ねたように言った上忍。それは子供の表情だった。
 余程離れたくなかったんだろうな。ぼんやりとイルカは思った。自分なんて一介の、どこにでもいる中忍なのに。なんだかもったいない気がした。
 彼は里随一の手練れだ。「写輪眼のカカシ」とまで言われた男なのだ。その気になれば、相手に不自由はないだろうに。
 それでも、お稽古発表会という名目のために、カカシは任務を選ってまでいたのだ。イルカといたい、それだけのために。
 正直、そこまでやるとは思っていなかった。実はあの人なりに我慢していたのだろう。
 遠い夏の日。必死でしがみついてきた銀髪の少年を思いだしながら、うみのイルカは苦笑いを零した。
 でも、これで少しは安心したよな。
 イルカは発表会に関わらず、時間が許す時は共にいるとカカシに約束した。今も覚えている。その時のカカシの嬉しそうな顔。それは、記憶の中の少年と同じ顔だった。
「こっちは大奮発だったんだからな。カカシ。無事に帰ってくるんだぞ」
 人形を指で弾き、イルカは小さく言った。行灯のほのかな明かりの中、カカプンだけがそれを聞いていた。



 それから一週間。
 カカシが帰ってくるまでの間、中忍はカカプンと暮らした。それは、カカプンと起き、カカプンと食べ、カカプンと話し、カカプンと寝る生活だった。



『今日の夕刻、里に着きます。発表会、楽しみにしててくださいね』
 うみのイルカがその遠話を受け取ったのは、その日の昼休みだった。S級任務なのに、わざわざ遠話しなくても。そう思ったりもしたが、これは彼なりの配慮なのだろう。ちゃんと暗号用の波長で送ってきていたし。
 イルカは攻撃系の術は苦手だが、知識と暗号解読はむしろ得意だった。遠話もなんとか身につけている。昔、教えてくれた人がいたのだ。
 そういえば、彼も人形が好きだった。強くて、優しくて、いい人だったよな。オレって中忍なりたての頃、暗部アレルギーに罹ってたんだけど、あの人のお蔭でそれが治ったんだ。
 今日の仕事をやり終え、中忍が過去の思い出に浸っていたときである。

『着きましたーーーー!!』

 大音量の遠話。頭にキンと響いた。思わずこめかみを押える。遠話の主は、わかりきっていた。
『おかえりなさい。任務上手くいったようですね』
『もっちろんです!ばっちり復命も済ませましたっ。今、里の入口なんで、そちらまで行きますね〜』
『あ、でもオレ、仕事終ったとこですから』
『それじゃ、待ち合わせしましょう〜。河原で待ってますう〜』
 有無を言わさず、ハイテンションな遠話は切れた。
 嬉しかったんだな。
 そう思いながらイルカは腰を上げた。里に戻って安心したのだろう。久しぶりの大きな任務。無事やり遂げてホッとしたのかもしれない。彼だって忍なのだから。
「さあ、行きましょうか」
 かばんの中にこっそりといるカカプンにそう言って、中忍はアカデミーの職員室を出た。




 夕暮れ。
 西の空では、真っ赤な太陽が地面にひっついていた。河原の葦が、枯れ草達が赤く染まっている。
「もう、着いてるかな」
 また独り言を言いながら、イルカは辺りを見回した。風が吹きつける。少し寒くて目を瞑った。
「イルカ先生〜!」
 遠くで呼ばれた。あれはまさしく、銀髪の上忍の声。あそこだ。
「ただいまです〜」
 走ってくる姿がみるみる大きくなる。夕日を背に受け、全身が赤く染まっていた。風に靡く、赤い髪。

「暗部さん」

 言葉が口をついた。懐かしい人の名前が。イルカの記憶の中の、大切な人が。
「愛してまーす!」
「うわっ!」
 がしん。大きく飛びつかれた。まるで、大型犬にそうされたように。そのまま枯れ草の上に雪崩れ込んだ。
「じゃ、お願いしますっ」
 情熱的な視線。覆面が下げられ、額当てがザンと落ちた。現われる、紅と蒼。
 きれいだな。
 ぼんやり見とれてる場合ではなかった。ごそごそ、不埒な手が動きはじめる。まさか。
「何すんですか!」
「え?何ってアレを・・・」
「場所をわきまえてください!」
 右手を思い切り振り回した。ぽすん。柔らかいものに当たる。意外に思って見上げた。
 目の前にいつもの上忍。そのうしろに、見慣れない物体。拳がクリーンヒットしている。
「ああ〜っ!」
 イルカの上からひらりと降り、カカシがベストを脱いだ。背中のあたりに貼りつくそれをそっと抱き上げる。
「ひどいですよう。イルプンが痛いじゃないですかっ」
 ・・・・・イルプン?
 聞き慣れないその音に中忍は傾げる。上忍が抱えるその物体を、まじまじと見つめた。
 身長三十四センチ。黒い髪。黒い瞳。ご丁寧に、顔を真一文字に横切る傷まで刺繍してある。
 誰かに似ている。嫌な予感がした。それでも、イルカは訊いた。
「カカシ先生・・・・・これ・・・・」
「かっわいいでしょ〜?イルカ先生の分身、イルプンです!」
 やっぱり。 
 中忍はがっくりと肩を落とした。そうか、オレのもあったのか。
「あーあ、ムードがだいなしですよう。仕方ない、家に帰りますか」
 イルプンを抱きながら、カカシがベストを拾い上げた。何やら、ベストの背中のあたりをごそごそしている。
「よーし、できた!」
 そこには、イルプンを背中に背負った上忍がいた。また嫌な予感がする。
「あの、ひょっとして。それ、任務に・・・」
「一緒に行きましたよ。だって、俺とイルカ先生は一心同体ですもん。イルプン専用にベストも作りましたっ」
 くるりとカカシが後ろを向いた。イルカは目を見張る。ベストの背中あたりにおおきなポケット。そこに、イルプンがきっちり顔だけ出して収まっていた。
「カカシ先生〜」
「大丈夫です。振り落とされないように、ポケットの中にはシートベルトも付けてます」
 言葉もない、とはこのことだった。人形と任務に行ったか。それも、S級任務に。その為に、妙なベストも手作りしたか。人形を背負いながら、ついに任務をやり遂げたか。
「さあ、行きますよ。先生、カカプンを忘れてないでしょうね?今日は人形劇なんですから。タイトルは『実録!ある愛の生活』」
 カカシがイルカの手を引く。イルカは呆然としながら。それでも、二人は歩いて帰った。二人だけの世界へ。



 その夜。
 うみのイルカはお稽古第一部でカカプンとイルプンによる自分達の生活(主に夜)を見せられたあげく、第二部でそれを生身で再現させられた。
 翌日。イルカはカカプンをカカシ宅に置き捨てた。後には、カカシの泣き声が漂っていたという。


今日の標語:カカプンと イルプン仲良し 嬉しいな 


この続きはお稽古カカシ過去編2『ナイショの夏』暗部さんの秘密がわかる

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