*この作品は、『封じられた夏』をご覧になってからどうぞv*





 
耳のつけ根から首筋へと、唇が降りた。
 覚悟していても、身体が震えてしまう。
 ぺろり。右の首筋が舐められる。
「!」
 歯をたてられた。背中を痺れが這い、奥底から熱が湧き上がる。それと、もう一つ。
 抱かれる度に、戻ってくる。
 あんたと過ごした、遠い夏の日が。








ふたたびの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編:イルカside by真也









 当たったと思った。
 見事にすっぽ抜けたクナイの先に、銀色に光るものを見たから。
 ウサギでもない、オオカミでもない。
 大きさからいうと、それは人間だったから。
 茂みの中からのそりと出てきた。それは銀髪の少年。二つ三つ、年下だろうか。
 やせっぽちで無口な奴。困り果てて、昼飯を渡した。
 大人に言いつけられたらどうしようかと思ったからだ。
 後見人の火影様には、もう迷惑は掛けられない。ただでも中忍試験落っこちて、肩身が狭い状態だったし。
 この上人身事故でも起こしたら、行くところがない。
「いいの」
 銀髪の少年は答えた。全くの無表情で。恐ろしく整った顔で。
「辛いよ。ここ、塩が固まってる」
 やっとしゃべったと思ったら、そいつは毒舌の持ち主だった。ぐさり。胸を抉ってくれる。でも。
 オレの分の食べ物はないのだと気付いて、おずおずと握り飯を差し出した。
 なんだか、変なの。可愛げ無いけど、ほっておけない。クナイの投げ方とか口だしてうるさいけど。
 週一回の訓練の日が、なぜか楽しみになった。



「お・・・はよ」
 ひどく恥ずかしそうに、そいつは言った。まるで、初めて挨拶したかのように。 
 相変わらずの無表情。でも、その中に僅かな感情が垣間見える。それが、どうしてだかわかった。
「お前が髪の毛掻き回すから、ぐしゃぐしゃになる」
 蒼い瞳が拗ねたように光った。思わず頬が緩む。目線合わせて謝ると、さらに拗ねたような顔をした。
 オレは一人っ子でわからないけど、弟ってこんな感じかな。
 そんなことを考えていた。
 ばさり。
 水をかぶった途端、甲高い笑い声が聞こえた。笑っている。あいつが。
「こらー!笑うなー!」
 思い切り怒鳴ってやった。初めて見た笑い顔は、子供らしい顔だった。
 うん。けっこういい顔するじゃないか。
「昼飯だぞ」
 苦労して魚を取り終え、顔を覗きこんだ。
 眠っている。
 あどけなさの残る顔、白い肌に銀糸が掛かる。長い睫も銀色だった。
 もうすこし、いいかな。
 オレは再び、魚を獲りに川へと戻った。結局、一匹しか取れなかったけど。



 手を払いのけられて、オレは呆然と見つめた。
 瞬時に取られた構え。流れるような身のこなし。ただの少年とは思えなかった。
「そろそろ飯にしようぜ」
 疑問を隠しながら言う。奴はホッとした顔をした。
 何者なのだろう。
 目を離していたスキに増えた魚。瞑ったままの左目。何でもないことのように「開かないんだよ」と、答えた。
 ただものではない。それくらいわかる。
 それでも今の関係を壊したくなくて、時間を待った。
 あいつが言ってくれる日を。




 
 どうしたんだろうか。
 オレは握り飯を見つめて、何度目かのため息をはいた。
 昼になっても、あいつは来ない。
 二つ握った握り飯が、ひどく寂しく思えた。
 おいしくなかったからかな。
 オレ、不器用だし。あちこち辛いし。それでも、一生懸命作ってたのにな。
 あいつ文句は言ってたけど、一回だって残さなかった。手についた米粒まで、綺麗に舐めとっていたのに。
 まさか、病気でも・・・。
 そう思った時、木が音をたてた。
「コンニチハ」
 銀髪がさらりと揺れる。濃紺の目がにこりと笑った。
 一瞬、声が出ない。
 照れ隠しに握り飯を差し出した。白い手が受けとり、握り飯を頬張る。
 嬉しくて、オレも食べはじめた。



「カカシ」
 ぼそりとあいつは言った。自分の名前を。
 自分から言ってくれたのだ。
 オレを信用してくれたのかな。
 とにかく、よかった。名前が呼べる。
 大きく名を呼ぶと、カカシは照れ臭そうな、恥ずかしそうな顔をした。
 とてもかわいく思えた。





「どうしたんですか」
 囁く声に見上げると、拗ねたような顔をしていた。
 あの頃の面影を見つける。
 ああ。どうして気付かなかったのだろう。
「なんでもないです」
 思わず、頬が緩む。おそらくオレだけだろう。あんたのこんな顔を見られるのは。
「他所事考えてちゃ、いやです」
「考えてませんよ」
 あんたのことだからね。他所事じゃないです。
 誤魔化しに首に手を回せば、身体がきつく抱かれた。
 あんたは変わっていない。
 心の核はそのままだ。






 ぼんやりと霞む視界の中に、銀色が過った気がした。
 熱い。だるい。息が苦しい。
 失敗したなぁ。心の中で自嘲する。
 やっぱり、昨日のうちに医療室にいけばよかった。今まで何ともなかったから、大丈夫だと思ったのだ。
 我ながら馬鹿だと思う。仲間の代わりに毒虫に咬まれるなんて。
 でも、あの時はああするしかなかった。
 目の前で仲間が咬まれるなんて、嫌だったから。
 もっと上手くクナイが使えればこんなことにならなかったのに。
 オレってやっぱり、忍に向いてないよな。
 でも、それ以外じゃ食ってゆけないし。
 一人だもんな。
「ー!」
 誰かが呼んだ。聞いたような気がする声。
 そうだ、握り飯。
 あいつに持ってゆくはずだったのに、落としてしまった。もったいない。
「ーーー!」
 何か言ってる。ごめんな。握り飯、持っていけない。今は、痺れて。
「どこ?誰にやられたの」
 今度ははっきり聞こえた。違うって。毒虫にやられただけだよ。ほっといたのがいけないんだ。
 言わなきゃ。でないと処置できない。
「馬鹿!」
 怒られた。上忍の先生かな。もう、目が開けてられない。
 オレは意識を手放した。




 目覚めた時、オレは一人で眠っていた。
 傷口は焼かれ、きちんと対処されていた。きっと、解毒剤も飲ませてくれたのだろう。
 誰だったのだろうか。せめてお礼が言いたかった。
 覚えているのは銀色だけ。
 まさか、ね。



 虫に変化したらと、あいつが言った。
 今まで考えたこともなかったけど、いい方法かも。
 中忍試験で、試してみよう。
 どうせ今のままでは、受かる自信はないのだから。



 驚いた。
 その日訪れたカカシは、ひどく傷ついた顔をしていたから。
 表は無表情だけど、どこか違う。
「コンニチハ」
 投げかけられた挨拶に、応えることも忘れていた。
 どうしたんだ?
 どこか、悪いのか?
 心配して言葉を掛けると、さらに過敏に反応した。突き刺すような空気。いつもと違う。
 たしかにカカシは口は悪かったけど、人を攻撃するような気は発してなかった。眠りから急に目覚めた、あの時以外。
 とにかく、こっちに来て。
 伸ばした右手を払い落とされた。素早い動き。思ったより大きい衝撃。
 びりびりと空気が震える。痛い。冷たい冷気が漂っている。
 あいつが拳を握る。何かにしがみつこうとして、それが出来ないかのように。
 いないんだな。おまえも。
 誰にもしがみつけないんだ。オレと同じように。 
 なにがあったの。
 不安なの。
 怖いの。



 カカシ。
 


 何とかしたくて、名を呼んだ。
 ほっとけなくて、名を呼んだ。
 受け止めたくて、両手を広げた。
 


 カカシが見つめている。さあ、来いよ。
 一歩一歩近づいて、手が差し伸べられた。
 ほら、おいで。ここに。
 怖くないだろう?何もしないよ。ただ、抱きしめたいだけ。
 カカシが震えている。やっと、止まった。
 深呼吸して、肩の力を抜いて。
 大丈夫だろう?
 傍にいるから。それ位できるから。
 オレも独りぼっちだけど、これ位出来る。
 カカシの手が背中に回った。しがみついてくる。
 何を背負っているのだろう。
 もう少し。もう少し、こうしていよう。オレも温かいから。
 オレ達はしばらく身を寄せあった。
「アリガト」
 突然に、感謝の言葉だった。絶句する。
 あんまり素直に出てきたから、少し、狼狽えた。でも。
 頑張るからな。
 きっと中忍になってやるんだ。
 手当てが出たら何かうまいもん、食べような。奢るからさ。
 そう気合を入れながら、オレは中忍試験に臨んだ。





 まだ慣れない。
 あんたを受け入れる瞬間だけは、軽い恐怖に襲われる。
 それはほんの一ヶ月前のこともあるけど、多くはあの日のことが思いだされるから。
 でも、オレは歯をくいしばる。
 今、拒絶するわけにはいかない。
 オレ以上にあんたも恐いはずだから。
 だから目を閉じ、息をはいてその時を待つ。
 あんたがオレの中に進んで来る時を。





 
 見間違いなどしなかった。
 項垂れた背中。鈍く光る銀髪。隠れるように、木の根元にうずくまっていた。
 急いで帰ってきたのだ。中忍試験、受かったから。あいつの作戦で勝ち取ったものだったから。なのに。
 久しぶりに見たカカシは、冷たい殺気を纏っていた。それでも、勇気を出して近づく。
 カカシが立ち上がった。そこで気付く。夥しい血の臭いに。
 暗部の装束。所々、血のついた髪。
 血糊で茶色くなった手が差し伸べられた。
 言葉がなかった。口の中がカラカラに乾いている。額を汗が伝った。
 おまえがしたの?
 殺したの?
 任務、だって?
 反射的に身体が動いた。身の危険を感じたのだ。
 背が捕らえられ、地面に叩きつけられる。応戦一つ出来ない速さと強さで。
 地面に這いつくばらされて、押え込まれる。
 無駄、だって?
 上忍だって?
 必死の抵抗は、いとも容易く封じられた。
 そうなのか。妙に納得する。
 これが、本当のおまえなんだな。
 カカシ。
 




「・・・・んっ・・・」
 右の首筋に歯がたてられる。あの時と同じに。
 急所を押さえられて、本能的に身体が竦む。そして。
 オレはあんたを受け入れる。
 嵐の中に、身を投げいれる。






 意識は途切れてしまっていた。
 あまりのことに、処理しきれなかったから。
 初めて経験した、圧倒的な恐怖。
 恐い。
 恐い。
 恐い。
 自分を取り戻せずに、ただ、混乱していた。





 熱い。
 あんたが中で暴れている。
 息が出来ない。
 手を。身体を。あんたを与えて。
 このままでは壊れてしまいそうで、オレはあんたにしがみつく。






 壊れたオレを、あんたは抱きしめていた。
 ずっと。長い長い時間。
 気がつくと、濡れた紅い目が見つめていた。
 きれいだな。
 触ってみたくて、手を伸ばした。
 辛そうな表情。オレより、痛いみたいだ。
 大丈夫だよ。
 そんな顔しなくても、オレは丈夫だけがとりえだから。
 今は動けないけど、すぐに治るから。
 だから、泣かないで。
 そう思った時、目の前で印が切られた。遠くなる意識。
 そして、あの夏は封じられた。





「大丈夫ですか」
 心配そうに覗きこんでくる。これはもう、彼の癖。自分の与えるものが苦痛ではないかと、いつも危惧している。
 最初はそうだった。あんたに慣れてない時は。
 でも、今は・・・・・・。
「イルカ先生」
 もう一度訊いた。オレは微笑む。
 大丈夫だよ、カカシ。ちょっとだるいけど。
「疲れました」
「うっ・・・・それだけですか?」
「それだけです」
「あの、他になにか」
「何ですか?」
「オレの稽古の成果は・・・」
「コメントできません」
 背中を向けて、舌を出す。
「イルカ先生〜」
 泣きついてきたな。でも、駄目だよ。
 満足してても言ってやらない。安心なんて与えてやらない。
 あんたの気持ちもわかるけど、オレの意志も訊かずにあの夏を封じてしまったから。
 たとえ、オレが壊れてしまうからだったとしても。
 だから努力してもらう。あんたがオレを求めるかぎり。
 慢心せず、常に努力してもらう。
 それ位、いいだろう?
 カカシ。
 そのかわり、オレも努力するから。 
 溺れてしまわないように。安心して、全てをゆだねてしまわぬように。
 あんたと一緒に努力しつづけてゆくから。
「じゃ、イルカ先生、も一回っ」
「イヤです。疲れてますから」
 これは本当に駄目。次には、堕ちてしまうから。
 自分を誤魔化せなくなってしまう。
 だから、これでお開きです。
 また自分を鍛えなおして、次に挑みましょう。
「イルカ先生〜」
 あんたは無理強いしない。オレが諾と言わない限りは。
 わかってていうのはずるいけど。
 でないと、オレの方が不利だから。
「リベンジ〜」
 背中に貼りつく男を無視して、オレはそっと目を閉じた。



 さあ、もう一度二人で始めましょう。
 あの夏の続きを。




end



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