間違った情報は砦全体の命取りになる。なんとかしなければと思っていた。 新しい作戦は情報操作で雲に攻め込ませた上、増援と共にこれを倒す内容だった。 暗部さんは『草』達のことを調べに、敵地に潜入した。ならば。 情報操作をするのは、たぶん・・・・。 忘れない夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:イルカside〜 by真也 ACT2 思った通り、暗部さんは砦を出ていた。変化で鳥になっていたオレは、森のすぐ上を飛び後を追った。 「出ておいで〜」 足を止めた暗部さんが言った。やっぱり気付いてたんですね。 「焼かれたいの?」 そうでしょうね。あなたは暗部ですもの。それくらい、容易いでしょうね。 「時間の無駄だからね、早く出てきてよ」 わかりました。そうします。 目の前に舞い降りた。変化を解く。暗部さんが見つめていた。 「わかってますか?あなたがしたのは命令違反ですよ」 困ったような声。わかっています。けれど、なにかしたかった。 「処罰されます。砦に戻ってください。今なら間に合う。なんなら、俺からアスマに口添えしてもいい」 何も出来ないオレなんて。守られて安心しているだけのオレなんて、虚しくなってしまうだけ。 首を振って意思表示した。問われて答えた。オレも何かしたいと。 「気持ちはわかります。だがこれは潜入任務。アンタには、無理だ」 はっきり言われた。自分でもよくわかっている。でも、いやなのだ。今は何かしなければ、これからずっとお荷物人生な気がするから。 今回のことはオレの責任なのに。尻ぬぐいを他人に押しつけて、のうのうとなんてしてられない。 「自惚れるな。アンタだけのせいじゃない。帰れ」 腕を掴んだ。暗部さんの目の前に迫る。犬面の中から、蒼い目が見ていた。 必死に頼んだ。一緒に行かせて欲しいと。足手まといになるならば、棄てていっても構わないと。 「アンタは暗号解読員だ。棄てることはできない。そのときは、殺すことになる」 固い声。それは事実だった。いくらオレでも、それくらい知っている。構わないと答えた。オレはこんなだから、それも仕方ないと思う。それでも。他の皆が戦っているのに、自分一人だけ安全な所にいるよりはいい。人任せにするよりはいいのだ。失敗しても、精一杯努力して納得するほうが。 「・・・・・イルカ」 声。何度か聞いた、暗部さんの本当の声。オレは微笑んだ。 いいんです。たとえ始末されることになったとしても。暗部さんになら、始末されてもいいと思えるんです。 沈黙。 「わかりました」 しばらくして、絞り出すように暗部さんは言った。いいんですか?本当に? 「但しこれからは俺の指示に従ってください。この任務が終わるまで。絶対ですよ」 暗部さんを掴んだままでいることに気付いた。手を離す。ぺこりとお辞儀した。その時。 轟音。地響きを伴って。高坂の砦の方だ。 「始まりましたね」 後方を見やりながら、暗部さんが言った。 「作戦が始まったんです。これから急ぎますよ。遅れずについて来てください」 踵を返して飛び上がる。木の上に上がった。 『今後会話は遠話でします。波長はこの波長で。いいですね?』 暗部さんの遠話。同じく遠話で答えを返した。さあ、これからだ。 遅れないように気をつけながら、オレは暗部さんの後を追った。 移動しながら暗部さんは、遠話で作戦内容を教えてくれた。オレ達が龍髯の砦に行くのは、騎虎という男に会いに行くため。そいつが龍髯の砦の二番目の実力者だった。 『その人を動かすんですね』 『ええ、まあそういうことです』 足を止め、暗部さんが答えた。どうしたのだろう。隣へと並んだ。 『ここで待っててください。様子を見てきます』 それだけを言い捨て、暗部さんは木々のなかに消えた。あっという間に遠くなる。結界をはったのだろうか。気配も感じなくなった。 すごいな。 改めて思う。暗部だからそれくらい、当たり前なのかもしれないけど。でも、オレには雲の上のワザだった。 そんなことを考えているうちに、暗部さんが帰ってきた。砦に動きはないらしい。暗部さんは、灯が落ちるのを待って砦に潜入すると言った。 『こちらを向いてください』 言われて身体を向けた。暗部さんが左手で印を組んでいる。右手の人差し指を噛み、血の出た指を目の前に向けた。 『あなたを俺の結界内に入れます。じっとしててくださいね』 抵抗なく、目を閉じた。本当は忍にあるまじきことなのだろうけど。暗部さんだから、いいと思った。額に何か書かれている。印だろうか。 ふと気づく。 オレ、暗部さんに触られたよな。でも、痒くない。目を開いた。ない。湿疹が出てない! 『出てないですっ!』 嬉しくて叫んだ。暗部さんが小首を傾げている。犬がやってるみたいでかわいい。 『ブツブツですよっ!暗部さんが触ったのにっ』 言葉を継いで説明した。数瞬後、暗部さんは『本当ですね』と言った。 嬉しい。全部暗部さんのおかげです。そう思ってお礼を言った。 『違いますよ』 『へ?』 びっくりした。暗部さんは自分の力ではないと言う。どうして? 『アンタの努力の成果です。俺が『暗部』であっても、アンタは逃げずに接してくれた。だからです』 言葉。暗部さんは評価してくれる。頑張った事実を。さり気なく、自然に。 それ以上のことって、オレにはなかった。 『でも、よかったです。これで、もっとアンタと仲良くできる』 暗部さんがそう言う。その通りだと思った。オレだって、暗部さんともっと仲良くなりたい。心からそう思ったのだ。 『じゃあ、行きますよ』 気配が変わった。砦の灯も落ちたらしい。いよいよだ。 気を引き締めながら、オレは暗部さんの後に続いた。 迷路のような通路を、暗部さんはひょいひょいと歩いていた。すごい。まるで自国の砦を歩くようだった。 『飛びますよ』 腕が引かれた。窓へと飛ぶ。チャクラで外壁に貼りついた。 『じっとしててくださいね』 言われる通りにした。誰かが近づいてくる気配。 うまい。 男が窓を覗きこんだ瞬間、暗部さんはそいつの喉を掴んだ。目の前で片手印を組む。男の目が焦点を失った。暗部さんが窓から中に入ってゆく。 『行きますよ』 促されて砦の中に入った。男に道案内させたまま、砦の中をいく。程無くして、男はある一室の前に立ち止まった。 『あなたはここで待っていてください』 指示に従った。たぶん、オレはこの場では役たたず。暗部さんの邪魔にならないようにしなければ。 男が扉を開ける。飛んできた小刀が男の命を奪った。暗部さんが印を組む。風遁。鈍い音と共に、何かが部屋の壁か何かにぶち当たる音がした。すかさず、暗部さんが中に入る。しばらくして。 『終わりましたよ』 暗部さんの声が聞こえた。そろそろと部屋に入る。部屋の中には男が一人、直立不動で立っていた。 『ええ。結構簡単でしたよ』 あの一瞬で、こうなったんだよな。 『かなり強力に暗示をかけましたからね。朝には動き出しますよ』 なんか、すごい。ただただ、感心した。 『怖いですか?』 意外な事を訊かれた。不安そうな声。微笑んで言った。大丈夫だと。あなたはいい人だと。 『長居は無用です。行きますよ』 照れたような声で、暗部さんは促した。窓を蹴る。オレもそれに続いた。 深い闇の中に潜み、オレ達は朝を待った。 朝。砦を取り巻く気配は慌ただしくなっていた。偵察していた暗部さんは、昼過ぎには準備が整うだろうと言った。 『もしよければ、どうぞ』 作った団子を手渡した。何の変哲もない、簡易食の粉で作った団子を。 暗部さんは砦を離れてから、殆ど眠っていなかった。オレに仮眠を取らせて、回りを見張ってくれていたのだ。 オレには何も返せない。だから、せめて食事くらい、食べやすいものをと思ったのだ。 『頂きます』 お世辞にも美味しそうとは言えない団子を、暗部さんは食べてくれると言った。どうしよう。本当に暗部さんって、優しい。 暗部さんが後ろを向いて欲しいと言う。そうだよな。暗部さんだもの。顔を見られちゃ駄目なんだよな。くるりと後ろを向いた。 ゆらり。 後ろの気配が動く。今、面を外しているのだろう。 どんな人かな。 こんなに強くて優しい人だもの。きっとかっこいいんだろうな。 ちょっとだけ、見てみたい気がする。顔を見たら、また次にあった時、暗部さんだってわかるもの。 でも、ズルはいけないよな。 『あの・・・・どうですか?』 振り向きたい気持ちを押し殺して、暗部さんに聞いた。暗部さんが答える。うまいと。食べやすいと言ってくれた。 気持ちが舞い上がってくる。 『この任務が終わるまで、俺の指示を聞くっていう約束は覚えてますか?』 固い声で暗部さんが訊いた。どうしたのだろう。オレはこくりと頷いた。 『実は、里に帰ってからも頼みたいことがあるんです』 どんなことなのだろうか。オレにできることなら、いいけれど・・・・・。 暗部さんは子供を一人頼むと言った。さみしい子供が待っていると。その子に手を差し伸べて欲しいと。温めて欲しいと。そして、オレならできると。 『わかりました』 背筋を伸ばし、真摯に答えた。やってみよう。あなたがそう言ってくれるのならば。頑張ってみようと思った。 『ありがとうございますっ』 背中から抱きつかれた。身体が飛び上がる。伝わる熱。ちょっと低めの体温。もしかしなくても、これ、暗部さん? 顔から火が出そうだった。 『すみません。はずみでやっちゃいました』 しどろもどろで離れて欲しいと言うと、暗部さんはそう言いながら身体を離した。団子食べる気配。しばらくして、後ろを向いていいと言われた。 『それじゃあ、俺から里に話を通しておきますね。宜しくお願いします』 振り向いて見た暗部さんは、犬面をつけていた。ちょっと惜しかった気になる。でも、いいよな。オレに託してくれたのだから。里に入ってからも、しっかり頑張ろう。 ギギギギギギッ。 オレ達が改めてご挨拶し合っていた時、砦の門が開いた。中から兵が次々と出てくる。重装備だ。前面に立つ大将は、昨日見た騎虎という男だった。 『決まりですね。行きましょう』 暗部さんが答えた。走り出す。一路、高坂へ。オレも枝を蹴った。 高坂の砦への道程は、途中までは順調だった。砦から一刻半程の位置までは。しかし。 ぐらり。景色が歪んだ。暗部さんが立ち止まる。隣へと着いた。 『お客さんが来たようです』 固い声で暗部さんが言った。感じる。殺気。どんどん大きくなっている。黒い影の中から、男が現れた。 『目を閉じてください!』 反射的に目を閉じた。敵だ。それも瞳術使い。 『今からこの結界に穴を開けます。穴を抜けたら目を開けて、高坂に行ってください』 暗部さんの声。オレに逃げろ言っている。 『残念ですが、アンタがいるとこっちが不利だ。情報も届けなくちゃいけない。だから、アンタが行ってくれ』 確かにそうだ。この戦いにおいて、オレは暗部さんの足手まといになる。だから、オレにできることをしよう。情報を届けるんだ。 唇を結び、頷いた。暗部さんが何か手渡す。やわらかい。これは、まさか。 『お守りです。きっと役に立ちますから』 手渡されたものを、しっかりと胸に抱いた。合図を待つ。爆発音がした。 「今です!」 声に身体が押される。走り出した。目を開く。胸に抱いているのは『パックン』だった。 待っててください。 きっと情報を伝えて、必ず帰ってきますから。 全力で木々を駆ける。必死で走った。 オレなんかが戻っても、役に立たないかも知れない。それでも。 暗部さんのもとに、いたいと思った。 一刻ほど駆けて高坂の砦にたどり着き、オレは事の次第をアスマ隊長に報告した。 「後は任せろ」 隊長はその一言を残して、敵を迎え撃つ準備へと向かった。 オレは、今来た道を戦闘の始まった場所へと引き返した。半刻ほどして、前方に銀色の光を見つけた。 あれだ。 とっさにそう思った。結界かなにかだろう。どっちが張っているのかわからないけど。妙に確信していた。 あと少しという所に来た時、銀色の光が破裂した。鮮光が走る。向かってくる風圧を、岩陰に隠れてやり過ごした。 もしかしたら。 不安になって走り出す。暗部さんがやられていたら。傷ついていたら。急がなくては。 殆ど息を忘れて、オレは光のあった場所へと走った。 焼けこげたその場所に立っていたのは、赤い髪の人だった。 暗部さんだ。 呼びかけようとした時、オレはそれに気付いた。 手。手首から指先まで。何か握っている。あれは・・・・。 「暗部さんっ!」 身体が動いた。普段より早く走れたかもしれない。赤い髪の身体を突き飛ばす。次に衝撃。全身で感じた。胸のあたりが熱い。身体が舞い上がってゆく。 死んじゃうかな。 でも、いいや。 暗部さんを助けられたし。 がしり。身体が何かに受け止められた。誰かがオレを寝かせている。抱き起こしてくれた。誰? 「しっかりしろ!」 声でわかった。暗部さんだ。面を外している。目が霞んでしまって、はっきりとは見えないけど。 「何言ってるの!」 顔を見たこと謝ったら、暗部さんに怒られてしまった。すみません。でも、ちゃんと役目は果たしたんですよ。 「安心して!大丈夫だからっ」 そうですね。安心しました。あなたが無事で。 その後すぐに、オレは意識を失った。 夢を見ているのだと思った。 どこかで誰かが、話している。 オレが知っている人の、声。 「一人さ、イルカに育てて欲しい子供がいるのよ。俺みたいなさみしい奴。俺はあの人みたいに、注げるだけの心はないから」 暗部さんだと思った。暗部さんがいる。いつか話していた、さみしい子供の事を言っている。 大丈夫ですよ。オレ約束守りますから。目覚めたら五体満足かどうかわからないけど、それでも頑張ってその子を育てますから。だって、あなたが託してくれたのだから。 ふいに、唇に熱を感じた。少し冷たい。優しく触れてくる。誰だろうか。もしかしたら・・・・。 オレの意識は再び落ちた。深い眠りのあと、目覚めた時にはもう、暗部さんは砦からいなくなっていた。 「『よくやった』って、誉めてくれってよ」 アスマ隊長が言った。オレは申しわけなくなった。だって、何もしていない。 「そんな顔するなよ。あいつが人を誉めるなんてめったにない。だから、自慢に思っとけ」 そう言って苦笑する。オレは複雑な思いを感じながら、窓の外を見つめた。 不思議な人だった。 すごい人だった。 優しくて、強い人だった。 暗部さん。 またいつか、会えるのだろうか。 そうして彼は、オレの記憶の中の、大切な人になったのだ。 「どうしたんですか?」 声に意識を戻すと、色ちがいの瞳が見上げていた。 「そんなに見つめられたら、期待しちゃいますね」 いたずらっ子のように笑んでいる。 鮮やかに戻った記憶に、改めて苦笑してしまう。 声もそうだな。暗部さんの声だ。 どうして気付かなかったのだろう。カカシ、お前だったのにな。 「もしかして、もう一回、努力してもいいとか思ってます?」 あれだけ好き放題やっといて、まだ強請るつもりか。まったく。すぐにつけ上がるんだから。 「ねえ。お返事くださいよ」 小首を傾げて訊くしぐさも同じ。あの夏も。その次の夏も。今も。 「ええっ?いいんですか?やったー!」 普段なら許してやらない。いくらカカシの頼みでも。だけど。 今日は特別に許してやるよ。『暗部さん』に免じてね。 あんたはオレに言わない。 オレもあんたに言ってやらない。 それでも、一生、忘れない。 あんたがくれた、あの夏を。 いつまでも。 終わり |