*「寒椿」7、8、9、11章対応作品です*→『寒椿』





 何となく感じていた。
 その人はとても優しい笑みをくれる。背を叩く温かい手も。親身になって叱ってくれたこともある。
 周りの者がおれに向ける視線。刃のようなそれを、その人は矢面に立って庇ってくれた。
「頑張れよ」
 ありふれた言葉。その人が言うだけで、心を明るく照らす。
 まなざしを背中に感じただけで、背筋をピンと伸ばすことができた。

 だけど、おれは知ってる。

 あの人がそれらを与えるのは、子供に対してだけだということを。 








禁止域   by真也








 最初は夢かと思った。
 ぼんやりとした意識の中、間違えようもないイルカ先生のにおい。でも、突き刺すような気が漂っていた。
「しーっ。静かに」
 カカシ先生の声。遠くで聞こえる。
「いま、眠ったところなんです」
 眠りと覚醒のほぼ中間。膜が掛かったその向こうで、二人が話をしていた。イルカ先生のにおいが近づいてくる。
「……地雷を踏んだそうですね」
 固い声。別人みたいだ。
「演習用の地雷でしたから、威力はたいしたことないです」
「四肢の欠損などは?」
「ありませんよ。一カ所ヒビが入ってますが、たいしたことはないです」
 額に手が置かれた。あったかくて大好きな、イルカ先生の手。
「大丈夫ですよ」
 のんびりとカカシ先生が言った。張り詰めた空気が僅かに弛む。言葉が継がれた。
「じつはさっきまで、家に帰ると駄々をこねてましてねえ。薬で無理矢理、寝かせたんですよ。医者も一晩は経過を見た方がいいと言うし」
「そうですか」
 小さく息をつく音。ゆっくりと額の手が離れていった。においも遠ざかってゆく。
「あれ、もう帰るんですか?」
「はい。大事はないようなので……。それに、よく眠っていますし」
「じゃ、俺も帰ります」
「え?」
「そろそろ帰ろうかなーって思ってたんですよ。そこまで一緒に行きましょう」
 途端に先程の気が戻ってきた。冷たい、それまでイルカ先生から感じたことがなかった冷気。移動してゆく。ドアが開いた。重なる足音。全く違うリズムを刻みながら、だんだん小さくなって消えた。
 おれは目を開けた。意識はもう、覚醒してしまっていた。




 その日の演習は自主トレだった。 
「まず一斉にトラップを仕掛けながら山頂まで行って、それから時間をずらして、ひとりずつ山を下る。みんな自分のトラップはわかってても、ほかのふたりのはわかんないだろ。怪我しないように、がんばるんだよー」
 カカシ先生が言った。
 ただのトラップ演習なんて、簡単過ぎてつまんないと思っていた。ぶうぶう言いながらトラップを仕掛ける。もともとこういうのは苦手だから、サスケやサクラちゃんよりは少なかったかもしれない。
「ウスラトンカチ。猿みたいに引っかかんなよ」
 サスケが揶揄う。
「うるさいってば!」
 大声で怒鳴る。むきになって走りだした。耳の横で、風の音。
 トラップの見分け方ぐらい、ちゃんと知ってる。イルカ先生に教えてもらったんだから。
 あれと、あれ。あっちは怪しいからこっちにしよう。
 サスケが追いかけてくる。追い付かれるかよ。
 おれは大きく跳んだ。
「馬鹿!」
 サスケの声。次の瞬間、風圧。身体が舞い上がる。着地を試みるが左足が枝に挟まれた。同時に激痛。
 左足を抱えて、おれは背中から落ちた。
「ナルト!大丈夫っ!」
「サクラ!誰か読んでこい!俺は外傷を確かめる」
「わかったわ」
 サクラちゃんが駆け出してゆく。痛みで声さえ出なかった。
「おい。確かめるからな」
 サスケの声。左足に触った。痛みに呻く。
「この、まぬけ」
「ぐ・・・何だよっ」
「折れてないかもしれないが、ヒビは入ってるかもな」
 言いながら枝を折る。クナイで平らに割いて、添え木がわりにした。
「ちっ。注意しろってあれ程言っただろうが」
 びり。あいつの腕カバーが、巻かれているゲット帯が外される。くるくると巻かれ、それらが添え木と足を固定した。
「サスケ」
「黙れ。しゃべったら響くはずだ」
 睨まれて口をつぐんだ。なんだか、ひどく後ろめたい気がした。





「あらら。やっちゃったのー」
 医療室では、カカシ先生が待っていた。
 何やら医療班に言われている。バツが悪そうに頭を掻いていた。
「油断したら駄目よ。どうせお前のことだから、地面も確認せずに飛びだしたんでショ」
「その通りだ」
「サスケ!」
「事実だろうが」
 ぴしゃりと言われる。おれは口をへの字に曲げた。
「取り敢えず、かるーくヒビが入ってるだけだって。ほら」
 カカシ先生が薬を差し出す。おれは首を傾げた。
「解熱鎮痛剤だよ。さすがに今日は痛むだろうし、熱も出るかもね。だから、早めに飲んで寝ちゃいな」
 促され、薬を口に入れた。水を口に含み、飲み下す。
「しかし・・・・・こまったねぇ」
 全然困った風もなく、銀髪の上忍は言った。
「なんだよ」
「いやね。あの人に怒られちゃうかなって」
「誰だよ」
「イルカ先生よー。恐そうじゃない」
 いたずらを見つけられた子供の顔。おれはふきだした。
「大丈夫だよ」
「えっ」
「イルカ先生、怒ったら恐いけど、きっと許してくれるよ。優しいから」
 そうだよ。イルカ先生なんだから、大丈夫だって。
 胸を張って言った。カカシ先生が複雑な顔をしていた。
 その後。薬が効いたのか、おれはうとうとしていた。そして、あのやりとりを聞いたのだ。
 なんだか、自分がいてはいけないような気がした。



 次の日。
 おれは自分の部屋に帰った。医療班が骨継ぎの術をかけてくれたから。
 わがままは承知で昼過ぎ、サスケとサクラちゃんに送ってもらったのだ。
 おれが怪我したからイルカ先生、カカシ先生に怒ってるんだ。早く治さなきゃ。
 イルカ先生も、カカシ先生もおれは好きだから。
「じゃあねナルト。おとなしくしてんのよ。サスケ君、あとお願いね」
 部屋に着いてすぐ、サクラちゃんは家に帰った。なんでも、外せない用事があるそうだ。
 後には、おれとサスケが残った。
「・・・・茶ぐらいねぇのか」
 そっぽを向いたまま、あいつが言った。
「悪い。牛乳とむぎ茶しか、ない」
 バツ悪く返す。
「ちっ。冷たいもんばっかりかよ」
 あいつがぼやいた。くるりとこちらに顔を向ける。
「おい、今のうちに言えよ」
 おれは一生懸命考えた。何を言ったらいいのだろうか。
 しばらく考えていると、小さく舌打ち。あいつの眉が顰められていた。
「サスケ、怒ってんのかよ」
「怒ってない」
「だって」
「うるさい!早く言え。何か、いるもんとかないのか」
 やっと訊かれた意味がわかった。それなら答えられる。
「えっと・・・・たぶん、ない」
「じゃ、帰るぞ」
 がたん。サスケがイスから立ち上がった。ドアに向かう。
「あっ、あのさ」
「何だ」
 あいつが振り向く。黒い目。まっすぐに向けられた。
「あの・・・・イルカ先生って、カカシ先生のこと嫌いなのかな」
 思いきって訊いた。おれにはわからなかったから。冷静に周りを見ているサスケなら、何か知ってるかも。
 沈黙。しばらくして、あいつの口が開いた。
「何故そんなことを言う」
「昨日サスケたちが帰った後、イルカ先生が医務室に来たんだ。カカシ先生と話してた。イルカ先生、すごく冷たい気だった」
「・・・・・・」
 サスケは黙り込んだ。腕を組み、何やら考えている。
「なあ。どう思う」
 不安で訊いた。こいつなら答えを知っているかもしれない。
 もう一度訊こうとした時、サスケがつかつかとこちらにやってきた。目の前に立つ。
「やめておけ」
「何がっ」
「たぶん、それはお前の立ち入ってはならない場所だ」
「な・・・どうしてだよっ」
 ぐい。項を掴まれた。サスケの顔が更に近づく。
「イルカ先生は何か大きなものを隠し持っている。俺達には、想像のつかない何かを・・・だ」
 聞き返そうとした時。ひたり。冷たいものが唇に触れた。一瞬、思考が止まる。
「相談料。ってとこだな」
 くるりと踵を返した。呆然とするおれを背に、サスケが出口へと進んでゆく。ドアの向こうに消えた。


 なんだよ。
 それ、なんなんだよ。


 されたことの意味が分からず。おれは混乱していた。 





 その後、イルカ先生が焼き鳥を持ってきてくれた。いつもの先生だった。
 カカシ先生のことは、訊けなかった。
 翌日、サスケとサクラちゃんが見舞いに来てくれた。サスケはいつもと変わらない、イヤな野郎に戻っていた。
 

 わからない。
 世の中は、おれにはわからないことだらけだ。


 しばらくして。イルカ先生は怪我したとかで、カカシ先生の家で十日ほど静養した。
 仲が悪いと思っていたのに、へんな感じだった。
 受付に復帰してきたイルカ先生は以前と変わりなかった。調子が戻らないとかで何回か休んでいたみたいだけど、それもそのうち回復したみたいだ。
「頑張ってこいよ」
 今日もイルカ先生は温かい言葉をくれる。前と同じ微笑みも。
 

 だけど、おれは知ってる。


 あの人がそれまでより少しだけ、優しい気をカカシ先生に向けるということを。 
 


end




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