『寒椿』


byつう

二十三の章

 あなただ。
 あなただったんだ。
 やっと、わかった。



 意識するより先に、言葉が出た。抱きしめられる。強い力で。
 痛い。
 いままでの、あなたの思い。それがこれなのか。
 もうずっと前からわかっていたのかもしれない。あなたの腕の中にいたとき、自分は不思議なほどに安らいでいたから。
 どんなに責められても、理不尽な行為を強いられても、なぜかそれを甘んじて受け入れていた。あきらめではない。きっと、本能の部分で察知していたのだ。あなたの真実を。
 体を供したのははじめてではない。いや、任務のために、その方法を使ったことは何度もある。
 国境の砦もしかり。それ以前も、情報を集めるために使えるものはなんでも使った。だから。
 あなたのことも、そのつもりでいた。里で波風を立てずに過ごしていくために、これが最善なのだろう、と。
 しかし、それは違った。たしかに、そういった側面は否定しないが、それよりもなお自身の安定がまさってると知ったとき、自分は困惑した。
 あなたに依存している事実。それを認めたくない心。
 体だけならよかった。が、心までもあなたに傾いてしまうことを、どうしても認めたくなかった。
 つらくて。
 それを認めるのは、あまりにもつらくて。
 あなたはこの身を欲しているだけなのに。いつかは離れていってしまうのに……。
 そう思っていた。だから、体だけであなたに応えた。それだけで満足しよう、と。でも違っていた。あなたはひたすらに、なにかを追っていた。印などという表面的なものだけでなく。
「……」
 求めた。あなたを。
 自分が感じてきたものが、幻ではないと確かめたくて。
 開かれる体。開かれる心。深い部分に沁み入ってくる。中に……。
 いま、ここにあなたがいる。
「イルカ……」
 熱い声。あなたの声。だれにも、なにものにも渡したくない。
 イルカは、おのれの唇でカカシの唇をふさいだ。





 夜のしじまに、二人の息遣いだけが聞こえる。どちらがどちらのものなのかもわからずに。
 障子を通して、薄い月明かりが差し込んでいる。カカシの銀髪がさらに冴えざえと見える。色のない世界で、そこだけがさやかに輝いて。
 はじめてだ、と思う。なにもかもが。
 何度も体を重ねたが、自分はこの男を少しも見ていなかった。目に映っていても、本当の姿を見ようとはしなかった。
 手をのばす。銀糸に触れる。カカシがその手をとって口付ける。
「夢だと、思ってた」
 ひっそりと、カカシは言った。
「夢?」
「あんたを抱いてるとき、ずっとそう思ってた」
「……いまも?」
「まさか」
 顔が近づく。薄闇の中、唇が触れ合う。
「夢じゃないでしょ。こんなに、あったかいのに」
 カカシはイルカを抱きしめた。
「そうですね」
 これは夢じゃない。幻でもない。
 背に回した手に、力をこめる。新しい熱が沸き起こるのを、二人とも止めることができなかった。



 生きろ。
 逃げずに。
 生きろ。
 あきらめないで。
 生きろ。
 信じて。



 朝の光が部屋を照らす。
 たまご色をしたその光は、赤子のように眠る二人をやわらかく包み込んでいた。



   (了)




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