陶酔 byつう 森の国で薬狩りが執り行なわれた、その日。 木の葉の里の三代目火影から、龍央の砦に親書が届いた。森羅の首長である蒼糸は、それを読んで苦笑いを漏らしたという。 龍尾の砦では、今日も煉が薬草を煎じていた。 父から受け継いだ処方は完璧に頭の中に入っている。が、それだけでは自分は玄の雛形でしかない。 玄が試行錯誤の末に新たな薬を調合したように、煉も自分だけの処方を生み出そうとしていた。 「なにをむきになっている」 戸口に、赤茶色の髪の男が現れた。煉はちらりと視線を投げ、額の汗を拭った。 「むきになど、なっていない」 「そうか? ならば、いいのだが」 「……なにが言いたい」 「べつに」 表情ひとつ変えず、理寧は言った。 「ただ……」 「ただ?」 「おまえは玄どのにはなれぬ」 「……きさま!」 鍋をかき混ぜていた菜箸を床に投げる。 玄どのにはなれぬ、だと? そんなことは思っていない。父は父だ。そして、私は私なのだから。 父から受け継いだものは大切に守っていく。けれど、私が後進に残していくものも、創っておきたいだけだ。 「ふきこぼれるぞ」 隻眼で鍋を指す。煉はあわてて、火を止めた。 すっかり香りが変わっている。もう少し弱火で煮詰めればよかった。鍋の中身を桶に捨てる。 「龍央からだ」 理寧が小さくたたんだ書状を差し出した。 「蒼糸さまが?」 煉はそれを受け取った。 「木の葉は、やはり侮れぬ」 「え?」 「文とは別に、蒼糸さまより言伝だ。『十日のいとまを許す』と」 「それは、どういう……」 煉は混乱した。自分は龍尾の砦を与る身である。その自分に、十日も休めというのか。煉は素早く、文に目を通した。 「……なるほど」 文には、木の葉からの要請について事細かく書かれてあった。 「要するに、今度は私たちを使おうという腹だな」 「予想はしていたが。名指しというのが、なんともあざとい」 「仕方がなかろう。この前はわれわれが『写輪眼のカカシ』を借りたのだから」 煉は書状を燃やした。燃えかすを丁寧に崩し、ゆっくりと顔を上げる。 「明朝、出立する。手配を」 「……御意」 憮然とした表情で、理寧は答えた。 花の国と雪の国に関する交渉事に、森羅の情報と人材を借り受けたい。 それが三代目火影の要望だった。森の国の独立派への支援の見返りであろうが、なにゆえ自分を名指ししてきたのか。 もしかしたら。夜着に着替えつつ、煉は考えた。カカシが関わっているのかもしれない。前回、カカシは森羅と連携をとって見事に雲の国や雨の国での工作を成功させた。火影はそれを高く評価していたから。 「うれしそうだな」 幕の向こうで、声。煉は眉を寄せた。 「何用だ」 「随身する中忍を三名、先発させた」 幕がさらりと開いて、理寧が入ってきた。 「わざわざそんなことを報告せずともよい」 「勝手をしてはならぬ。そう言うたのはおまえだぞ」 「だからといって……」 理寧の手がのびる。予想された動きではあったが、一瞬、背筋が震えた。長く、関節のくっきりとした指がのどを捕える。唇が近づき、息を奪った。 舌が内部を貪る。息苦しさに喘ぎながらも、なんとかそれに応えようとした。結んだばかりの帯はすでに解かれ、床に落ちている。素肌に指がすべり、煉は立っていられなくなった。 「……理寧」 腕にすがり、体を支える。そのまま牀に押し倒されるかと思ったら、理寧は煉の背中を壁に押しつけた。翡翠色の目が見開かれる。 「脚を」 要求に、顔が熱くなった。 「私は遊び女ではない」 「そんなことはわかっている」 「ならば……」 乱暴にその部分を掴まれた。思わず声が漏れる。内股から手を入れられ、刺激に肌が泡立った。 「出立は、朝だったな」 耳の側で、念を押す。朝。皆に留守中の申し送りをしてから、出かけねばならない。 「無様な真似はせぬように、な」 ここで意地を張って、出立に遅れるようなことがあってはならない。 「きさま……」 ふたたび、唇がふさがれる。下肢のあいだは馴らされ、求められるままにそれを導いた。 激しい衝撃。がっしりと両脇から支えられた腰は逃げる場所すら与えられず、たぎるものを受け入れるしかない。背中が壁にこすれる。摩擦で皮膚が破れたらしい。ひりひりと痛んだ。 「んっ……ん……ああっ………」 抑えられなかった。深い部分で理寧が暴れている。荒々しく、怒りにも似た激しさで。 十分に、無様じゃないか。 自分の姿を思い、煉はきつく唇を噛んだ。それでも。 背中に手を回し、必死にしがみつく。それでも、自分はこの男を拒めない。この男を手放すことができない。 この男は、必要ならいつでも自分を殺すだろう。こうしてこの身を抱くときのように。そして自分は、陶酔の中で死んでいく。冷たい光を沈めた黒い左の眼と、白く淀んだ右の眼と。その両方を見つめながら。 見ている。最後まで。きっと、見ているから。 煉は五感のすべてでもって、理寧を感じた。 春の宵、月は朧に渡っていく。夜はいまだに、砦を包んでいた。 (了) |