瞑坐 byつう 情交の形をとってはいたが、それは明らかに罰だった。 すでに意識は朦朧としている。が、自分に注がれる焼けつくような激情は、途切れることなく続いていた。 このまま壊れてしまうかもしれない。燃えつきて、灰になって。ひと息で四散してしまうほどに。 自分がなにをしたのか、よくわかっている。刺客に情けをかけたのだ。いかに幼いころからの知己とはいえ、許されることではない。 わかっていても、自分には彼を殺すことができなかった。わずかでも望みがあるのなら、と。 残酷だっただろうか。覚悟を決めていた者に対して、あたら希望を与えてしまって。 内部に衝撃。全身にそれが伝わる。何度も何度も、容赦なく。指先ひとつ動かせず、目を開けることもできず、ただ、奈落に沈んでいくしかなかった。 暗闇の中を、煉はさまよっていた。自らの罪と向かい合いながら。 罪というよりは、弱さ。最終的な決断が下せない、甘さ。砦を与る身でありながら、理よりも情を優先させてしまった。 百歩譲って刺客を見逃したのは致し方ないとしても、首級の代わりにと髪を与えたのは明らかに失態である。有能な忍であれば、たとえ髪の毛一本、爪ひとつでも重大な機密なのだから。 理寧の怒りは、痛いほどにわかった。その心の裏側にあるものも。 かすかに、光。それに向かって、ゆっくりと進む。闇が薄くなり、少しずつ視界が開けてきた。 明けを告げる鳥の声。 朝だな。煉はゆっくりとまぶたを上げた。体はまったく動かない。まるで自分のものではないようだ。かろうじて眼球のみを動かす。 その先に、赤茶色の髪の横顔が見えた。理寧だ。長椅子にすわり、腕を組んでいる。眠っているのだろうか。目は閉じられたままだった。 今日は、いるんだな。ぼんやりとそう思った。房事のあとは、たいていすぐに引き上げていくのに。 わけもなく安心する。気がゆるんだせいか、ふたたび意識が遠退いた。 緩慢な眠りが続く。闇ではなく、ゆらゆらとした白い空間を漂うような。 ときおり、目を覚ましてはまた眠る。そんなことを何度か繰り返した。 『ああ、理寧だ』 目覚めるたびに、確認する。 『理寧が、いる』 枕辺にいるわけではない。卓に向かって書き物をしていたり、書類を読んでいたり。こちらを気遣う様子など窺えないが、それでも、室内にあの男の存在を感じるだけで、煉は安心できた。 うつらうつらとしながら、二度目の夜が過ぎた。夜のあいだ、煉はたしかに理寧の体温と匂いを感じていた。かすかに伝わるその「気」は、傷ついた煉の体と心を癒した。 眩しい光の中。 覚醒したとき、牀には煉ひとりだった。鉛のような体を、なんとか起こす。軽いめまい。注意深く牀から下りて、房を見回した。 長椅子の上には着替えが置いてある。卓には処理済みの報告書と、薬湯。 急須をさわってみる。まだほんのりと温かい。たぶん半刻ほど前まで、あの男はここにいたのだ。 明け方までいて、もう大丈夫だと判断したに違いない。そして、出ていった。 まだうまく動かない手で、薬湯を湯呑みに注ぐ。強烈な匂いのするそれを、煉はそろそろと口に運んだ。 その日の夕刻。幹が文筥を持って房を訪れた。中には、青墨色の髪の束。 「やつは、死んだ」 短い報告。あのあと、理寧がすぐさま追手を差し向けたらしい。里に下りる直前で捕えたところ、尊は文筥に納めた煉の髪を森羅の忍に預け、自刃したという。 「骸はそのままにしといたぜ」 そうすれば、雲の国の忍がそれを見つけるだろうから。 「大儀だった」 文筥を見下ろし、煉は呟いた。 逃げる気など、なかったのかもしれない。ただ自分を気遣って、一旦、砦を出ただけで。 でなければ、そんなに簡単に捕まるとは思えない。追手がいかに優秀だったとしても。 自分はなんと愚かなのだろう。皆に要らぬ仕事をさせて。危険にさらして。 幹が辞したあと、煉は文筥から髪の束を取り出した。右手に神経を集中させる。一瞬ののち、それは霧散した。 葬ってしまおう。弱い自分を。二度と、同じ間違いをせぬように。 覚えのある、薬の匂いがした。扉がゆっくりと開く。 理寧が粥を乗せた盆を持って入ってきた。卓の上に盆を置く。煉は席についた。斜向かいに、理寧。 ふたりとも無言だった。互いに自分たちの為したことが、わかりすぎるほどにわかっていたから。 煉は理寧を見据えた。闇色の左眼と、白濁した右眼を。 『以て瞑すべし』 これまでそうだったように、これからも。 煉は、納得した。 (了) |