刻印 byつう わかっている。だれに言われずとも。 自分がこの世で最も卑怯な人間であると。 高坂の城における作戦は、木の葉との連携もうまくいって大成功を収めた。 蒼糸は一時、煉にその城の支配を任せたが、最南端の龍尾と最北端の高坂との掛け持ちは負担が多すぎるということで、城の修復が済んだのを契機に、煉を龍尾の砦に戻した。 「これで、反対派の勢力はほぼ五分の一ってとこかな」 高坂での戦果を確認しつつ、幹が言った。 「いちばんの親玉が残ってんのが、無気味だけどなー」 「情報が漏れていた可能性があるな」 理寧が指摘する。 「われらの中に、反対派に通じている者がいると?」 煉は気色ばんだ。 「そうは言うておらぬ」 森羅の一族は代々この地に暮らし、首長に忠誠を誓ってきた。万が一にも、寝返るような者がいるとは思えない。 「ならば……」 「木の葉側かねえ」 幹は頭をかいた。 「カカシ先生や副官さんはともかく、ほかの面子はわからんし」 「はたけ殿が指揮をとっていたのだ。内通者がいれば、とっくの昔に処分しているだろう」 「それは、どうかな」 理寧は端的に意見を述べた。 「写輪眼を持っていても、人の心をすべて読み取ることはできぬ。高坂の城にいた忍とつわものは、合わせて三百あまり。間者が紛れ込んでいたとしても不思議はない」 煉は唇を結んだ。まだ納得していないらしい。あの男のこととなると、なぜこうも甘くなるのか。 たしかに、煉には昔から他人に対する厳しさに欠けるきらいがあった。それは玄という、心の広い男を父に持ったからかもしれないし、森羅の直系として皆に大事にされて育ったせいかもしれない。 もっともその性質は、いずれ上に立つ者として、決して悪いものではないと理寧は思っていた。力だけでは、人を束ねることはできぬ。それは蒼糸を見ていても明らかだった。 蒼糸は、忍としては凡才であろう。技や知識なら、玄の方が数段上だった。が、玄は蒼糸を首長に推し、自分は龍尾の砦に引いた。叔父であった玄があっさりと恭順の意を示したことで、先代の急死による混乱を避けることができた。 潔さと公正さ。それが玄にはあった。そして蒼糸には、自己を深く見つめる謙虚さが。 彼らと同じ性質を、煉は持っている。 「まあ、でも、おおむねうまくいったんだから、今回はよしとしようや」 しみじみと、幹。 「間者がいるにしたって、しばらくはおとなしくしてるだろうし」 「それは、そうだな」 煉が呟いた。理寧は、その横顔を黙って見つめた。 夜半。 理寧は煉の私室を訪れた。例によって声もかけずに中に入る。 煉は卓に向かってなにか書き物をしていた。背後に立って、のどを掴む。 「あいかわらず、無防備なことだな」 このまま縊ることも、あるいは延髄をひと突きすることも簡単だ。 「なにをしても、無駄だろう」 のどにかかった手を払おうともせず、煉は言った。 「もし私が拒んだら、きさまはこの部屋から出ていくのか」 筆を置いて、顔を上げる。翡翠色の瞳が向けられた。 「拒んでみるか?」 顔を近づける。 「わしの舌を噛み切って」 言うなり、体を引き上げて唇を重ねた。奥へと舌を進める。 煉の手が、もがくように動いた。息苦しいのだろう。が、やめてなどやらぬ。 おまえの喘ぎを、乱れた息を聞きたいから。潤んだ目を、わななく唇を見たいから。 帯を解く。夜着を落とす。顕になった肌に指を這わす。 ひざの力が抜けたところで、牀に倒した。思った通り、目尻がうっすらと赤くなっている。 「………」 なにごとか、煉が呟いた。ほとんど聞き取れないほどの声で。 「なんだ?」 愛撫を続けつつ、訊く。煉は視線をそらした。 「言わない、か」 ある一点を攻める。焦らしながら、馴らしながら。簡単には許さない。 煉の体が徐々に開く。 『……おまえは、ずるい』 耳元で、かすれた声。 理寧は口元をゆるめた。そうだとも。いまごろ気づいたのか。おまえは。 中へ、ゆっくりと進む。 「あ……あっ……ん…」 絶え絶えに、言葉にならぬ声がこぼれる。抑えようとはしているのだろうが、それがまたいっそう艶めいて。 しなやかな体はほんのりと色づき、あちこちに散らばった刻印が鮮やかに浮かび上がっていた。 肩を抱く。腰を掴む。さらに深く交わるために。 何度目かの波のあと、煉はおのれを手放した。 自分がこの世で最も卑怯な人間であると。 あのとき、おまえに触れずにいたら、この思いを凍らせたまま冥府まで持っていけたかもしれない。だが。 もう遅い。もう放さない。 どんなことがあっても。どんなことをしてでも。 ぐったりとした煉の体をひざに抱き、理寧はその重みを噛み締めていた。 (了) |