■『燃える椿の下で』ACT14 対応作品■
術者 byつう 時限印の解術。 それは森羅の一族にとって、最重要課題のひとつだった。 首長の叔父にあたる玄が時限印を封じられ、その発動によって仲間を虐殺していった経緯もある。そこまで強力なものでなくても、優秀な忍に自我を喪失させるような時限印を施して、間者に仕立てるようなことはしばしばあったから。 森羅の首長、蒼糸は、時限印の解明を龍尾の砦を支配する従兄弟に一任していた。むろん、ほかの者たちにも、なんらかの情報があればすみやかに報告するよう申し渡してはいたが。 時限印を解明するのは、煉であってほしい。蒼糸はそう思っていたのかもしれない。煉は、玄の一子であったから。 玄が解術ならずに没してから、七年。 煉はついに、時限印の解明と解術に成功した。 実際に、印を解明して解除の方法を見つけだしたのは、理寧だった。 もともと術者として並々ならぬ能力を持つ男である。玄の死後、独自に調査を続けていたが、印を封じた場所さえ特定できれば比較的容易に解除できると知ってからは、印の性質を分析することで発見を促す方法を模索していたらしい。 「玄どのにかけられた術と同じ性質のものならば、これで解術は可能だ」 理寧は、煉にそう告げた。 印を探すための術。その印を凍結させるための術。さらにはそれを外部に取り出して、滅するための術。 複雑かつ高度な印や口呪がいくつも重なって、ようやく解くことができる。これを完璧に行なえるのは、上忍レベルの忍でもごく一部だろう。さらに、遠隔操作の効かない術なので、対象にかなり接近しなくてはならない。 自らの命と引き換えにしなければ、術を解くことはかなうまい。それが理寧の出した結論だった。 「相手を滅するか、おのれを滅するか。それだけの違いだ」 理寧は言った。 自分が滅していた方がよかっただろうか。ふと、煉は考えた。詮ないこととはわかっていたが。 「煉」 理寧が、そんな心の内を見透かしたかのように言った。 「過去は変えられぬ。無駄なことはよせ」 いつもながら、とどめを刺してくれる。 「……そうだな」 煉は苦笑した。 「余所にいる者たちを一旦、帰還させる。手配を」 ことさらきつい口調で命じた。他国にいる者たちが時限印に侵されていないか。それを確認する必要がある。 「御意」 理寧は作法通りに一礼して、その場を辞した。 木の葉の里からの急使が龍尾の砦に到着したのは、それから十日ばかりのちのことだった。 「はたけ殿!」 煉は、ひさかたぶりに見る銀髪の上忍に向かって、右手を差し出した。 「あらら、いいのかなー。利き手をいただいちゃって」 カカシはおどけた調子で、そう言った。森羅において、利き手を預けるのは最上級の信頼の証しである。 「もちろん。……はたけ殿はおいやですか」 「いや、べつに、かまわないけどねえ。あんまり馴れ合ってると思われるのもなんだから、とりあえず」 きっちりと「使者」の礼をする。煉は手を引いた。なにがあったのだろう。木の葉の里で。 だいたい、この男が使者となること自体、尋常ではない。いまだ公にはされていないが、カカシは次期火影候補である。このごろは三代目火影の補佐をすることが多く、里から出ることはほとんどなかったのだが。 「……承知した。で、ご用件は」 砦の長として、言う。カカシは懐から書状を取り出した。 「龍央へは三代目が特使を遣わしました。追ってこちらへも知らせがまいりましょう」 台本を読んでいるかのように、カカシは言った。 要するに、三代目火影直々の要請ということか。煉は書状を受け取った。中を改め、絶句する。 「これは……」 三代目も思い切ったことを。こんなことを、いわば部外者の自分たちに漏らしてまで、「うちは」を救いたいのか。 煉は何度か見た「うちは」の末裔のことを思い出していた。感情の見えぬ顔。しかし、周囲を見遣る目はたしかだった。まだ中忍だというのに、あの洞察力はどうだ。写輪眼を持っているとはいえ、それだけではあそこまで大局を論ずることはできまい。 下忍時代はカカシの麾下にいた。その間に、いろいろ吸収したものがあったのかもしれない。 「高くつくかもしれませんよ」 念を押す。 時限印の解術を伝授するとなれば、森羅としてもそれ相当の見返りがなくてはならぬ。 森の国の独立。 最後の詰めに入ったそれを、今度こそ実現させる。そのためなら、盛大に木の葉に恩を売ってやろう。 「三代目だって、覚悟してるよー」 にんまりと笑って、カカシは言った。 「でなきゃ、こんなこと頼まないって」 それはそうだろう。森羅にとっても、時限印の解術法は機密中の機密である。 「ひとつだけ、条件があります」 ゆっくりと、煉は言葉を繋いだ。 「それを飲んでいただけるのなら、このご依頼を受けましょう」 「じいさんに訊いてみるよ」 「この術は、門外不出です」 「わかってるって」 「ですから。……木の葉においても、そうしてください」 解術の奥義は、術を伝授した者のみが使うこと。そのほかの者には決して伝えないこと。 「うーん。じいさんにも教えちゃダメってこと?」 「そうです」 その条件を火影が承諾すれば。 「……なーんか、おまえ、厳しくなったねえ」 「国の未来がかかっていますから」 「はいはい。でもね、こっちもおんなじよ」 「承知しています」 引けない。これだけは。 しばらくの沈黙ののち、カカシは両手を上げた。 「了解。三代目の決裁を仰いで、一両日中に連絡する」 「よしなに」 煉は目礼した。カカシはさっさと広間を出ていった。 時限印の解術ができるのは、いまのところ煉と理寧だけだった。むろん、蒼糸もそれを会得していたが、首長自ら他国に術を伝授しにいくわけにはいかない。 あくまでも、秘密裏に。それを第一義とするならば、自分か理寧が木の葉に赴くのが妥当だろう。 「まさかとは思うが」 例によって、ひと言の断わりもなく私室に入ってきた理寧が、卓の横に立って言った。 「おまえが行くつもりか」 「いけないか」 書類の確認をしつつ、言う。 煉は自分が足を運ぶつもりだった。カカシが文遣いに来たのだ。よほど切羽詰った状況であることは、容易に察せられた。 龍尾の砦は、このところ落ち着いている。雨の国との関係も良好で、とりたててもめ事が起こる心配もない。 「木の葉に恩を売るいい機会ではないか」 「ならば、わしが行く」 「え?」 煉は顔を上げた。 「……!」 予想だにしなかった。のどを掴まれ、そのまま床に倒される。 「なにを……」 びしっ、と空気が震えた。動けない。神経が寸断されたように。 「おまえは、この砦の長であろう。その職務をまっとうしろ」 金縛りの術だ。防御が間に合わなかった。まさか、こんなことをするなんて……。 帯が解かれる。乱暴に夜着が剥がされた。人形のように、されるがままになるしかなかった。 体は自由にならない。だが感覚だけはいつもより、さらに鋭くなっていた。 「は……っん……あ……ああっ」 声を発することでしか、それを散らす術がない。あちらこちらに与えられる刺激は快楽と苦痛がないまぜになって、体も心もばらばらになるような気がした。 明け方ちかくになって、ようやく四肢が自由になった。もっとも、ある部分だけはまだ束縛されていたが。 そのころには、もう牀の上に移動していた。背中の擦傷はたいしたことはない。 「……んっ」 傷口を舐められた。敷布を掴んで、波に耐える。 奥に届く激情を、欲する形に導いた。肩が抱かれる。耳元で熱い息。ひときわ大きな波のあと、煉は牀に崩れた。 時限印の解術は最悪の場合、術者の命を奪う。それを承知で、会得するというのか。 どんな人物なのだろう。それは。 カカシもそれについては明らかにしなかった。火影の書状も然り。 一両日中に連絡すると言っていたが、おそらく今日中に返答があるだろう。委細承知、と。 理寧が房を出ていく。半ば朦朧とした中で、煉はこれからのあれこれを考えていた。 (了) 『燃える椿の下で』ACT14へ |