戒〜いましめ〜 byつう これが「うちは」と「九尾」か。 火影からの文を届けにきた二人の中忍を、理寧はさりげなく観察した。二人ともイルカの教え子で、下忍時代はカカシの麾下にいたという。 たかが文遣いに、なにゆえ二人もと思っていたが、彼らを見てその理由がわかった。二人とも、それぞれに優秀な忍であろう。が、他者に与える印象は正反対だった。 うちはサスケは物言いも振る舞いもそつがなく、無駄なことはなにひとつしない。こちらからの問い掛けにも、じつに見事に切り返している。対して、うずまきナルトは言葉遣いはぞんざいで、好奇心いっぱいの表情で周りをきょろきょろ見回していた。思ったことがすぐに口に出る性格らしく、ぽろりと失言をしては隣にいさめられている。 もし文遣いがうちはサスケ一人であったなら、きわめて事務的な、四角四面なやりとりしかできなかっただろう。火影の近況なども、決して漏らさなかったはずだから。 そしてまた、うずまきナルトだけがやってきていたら、まっとうに挨拶もできぬ使者を、古参の者たちが信用したかどうか。 煉は彼らを見知っているからよいとしても、ほかの連中は、木の葉はわれわれを軽んじているのかと憤慨したかもしれない。 二人は、互いのマイナス面をじつに過不足なくカバーしていた。すなわち、公人としてうちはサスケは信頼できる人物で、うずまきナルトは私人として接してみたいと思わせる人物だった。 「血」とは、かくも明確に現れるものなのか。 理寧は思った。かつて九尾を封じて殉職した四代目火影。その血を受け継いだ金髪の少年には、蒼糸や煉に見られるような「長」となるべき資質が、すでに見え始めている。 「北方の国境地帯も、まだまだ安心できないということですね」 煉は書状を文筥に戻した。 「啓蟄までは北へのにらみが必要ということはわかりました。が、春以降はどうします。雪の国と花の国は、春を待って事を起こすのでは?」 「冬のあいだに補給路を断っておけば、すぐには動けない。花の国は無益ないくさはしないだろうから、時間稼ぎをして雪の国の戦意を低下させればいい」 サスケが淡々と述べる。ナルトが小さく「まだるっこしいよなあ」と呟き、またぞろじろりとにらまれていた。 「岩の国をつついてもいいが、それで蛇が出てきても困る」 サスケの言葉に、煉は薄く笑った。 「それは、はたけ殿の意見ですか。それとも、うみの殿の?」 「木の葉の里の総意だ」 「なるほど」 煉は頷いた。 「一刻ばかり、お待ちを。合議の上、返書をしたためます」 「承知」 木の葉の里の使者たちは、一礼して別室へと下がった。 夕刻、二人の中忍は返書を携えて龍尾の砦を出た。 岩の国を刺激しない程度に、北方へのルートを操作する。森羅としては、周辺諸国がそれを取り沙汰せぬよう、煙幕を張ればいい。わずかな火種であっても、ことさら大きくして利を得ようとする輩は多いから。 これで、先の高坂の城に関する借りは返せただろう。木の葉と森羅は、あくまでも対等でなければならぬ。 『堅苦しいこと、言わないでよー』 カカシなら、そう言うかもしれない。 『でも、けじめは必要ですから』 イルカは至極もっともな顔をして、今後の策を練るだろう。 あのふたりは、いま、里でも重要な位置にいる。まだ公にはなっていないが、カカシは五代目火影に推挙されたらしい。イルカは次期火影の側近となるべく、この春には上忍試験を受けるという話だ。 いずれ、彼らは木の葉の国を与ることになる。そして、そのころには森の国も完全に森羅が支配する。 蒼糸が。煉が。陰の立場を脱して、この国に君臨するだろう。それまでは、いや、それからも、自分はきっと影のままだが。 煉は、卓の前にすわって雪の国の資料を読みふけっていた。 軍議は明日の午後。古参の者たちにはそれぞれ、有効と思われる策を持ち寄るように命じてある。それを取捨選択するのは煉の仕事だ。 「いまさらそんなものを読まずとも、たいていのことは頭に入っているだろうに」 資料を一瞥して、理寧は言った。 「確認だ」 過去の報告書に目を走らせつつ、煉は答えた。 「思い込みほど恐いものはないからな」 「それはそうだな」 わかった「つもり」がいちばん始末に終えない。理寧は長椅子にすわった。 卓上の資料を全部読むには、明け方までかかりそうだ。むろん、自分はそんな時間まで待つつもりはないが。 じっと背中を見つめた。書類を繰る手が、だんだん遅くなる。そろそろか。いや、まだ迷っている。 長椅子からはその表情を窺うことはできないが、理寧には煉がどんな顔をしているのか、はっきりとわかっていた。 翡翠の瞳は、まばたきをするのも忘れたように懸命に文字を追っている。引き結ばれた口元。頬はかすかに震えていて。 かさり。煉の手が、紙片から離れた。ゆっくりと振り向く。思った通りの表情だった。 理寧は長椅子に腰掛けたまま、待った。煉が小さく、息をつく。 「さぞ、楽しいだろうな」 「なにが」 「私が……」 言いかけて、止める。苦しげに眉をひそめた。 ああ。楽しいとも。おまえが、わしのことを考えている様を見るのは。 動かぬ。動いてなどやらぬ。さあ。来い、煉。 視線だけで告げた。 すわったままの姿勢で、理寧は煉を貫いた。 上体が大きくのけぞる。腰を掴んで、引き寄せた。内部に力が入る。 「はっ……あ……あんっ」 反動を逃がそうとしているのか、煉は体を揺らした。圧迫感は軽減されたが、摩擦による快感はさらに増した。それは煉にも伝わったらしい。自分の為した行為が思惑とは違う方向に進んでしまったことに、戸惑っているようだった。 肩を押して、身をはなそうとする。なにをいまさら。無駄なことだ。 理寧は煉の背を抱えたまま、長椅子の上に倒した。 「……っ!」 少し強引だったか。だが、ここで離れるのは許さない。両の手首をがっしりと掴み、頭の上で押さえ込んだ。翡翠色の双眸が濡れている。きつい光を宿した瞳が。 拒めるものなら、拒んでみよ。ならば、わしは今後一切、おまえに触れぬ。簡単なことだ。わしを殺せばよい。 奥をえぐる。声が散る。下肢が力なく震える。その間も、煉は理寧から目をはなさなかった。 そうだ。ずっと見ていろ。そのままで。 迷う必要などない。余計なことは考えずに。 痛みも苦しみも悲しみも。人一倍、背負ってしまうおまえだから。 ほかにはなにも見るな。 おまえを苦しめることができるのは、わしだけでいい。 (了) |